酒 修 業
酒。あなたと縁なく過ごした五十年の歳月が口惜しくてならぬ。
酒を飲まぬ家に生まれて酒を飲まぬ家に嫁いで気がつくと五十歳になっていたのだ。でも、今からでもおそくはない。大いにあなたを愛し、あなたに愛されて陶然と死にたいものだ。
酒。あなたと縁なく過ごした五十年の歳月が口惜しくてならぬ。
酒を飲まぬ家に生まれて酒を飲まぬ家に嫁いで気がつくと五十歳になっていたのだ。でも、今からでもおそくはない。大いにあなたを愛し、あなたに愛されて陶然と死にたいものだ。
いとおしやパチンコ狂い酒ぐるい
この色紙が新宿の小料理屋の壁にかかっているそうな。男たちは酔眼にこの句をとらえ、
「いいじゃないか君ィ、いとおしいってさあ」
「うん、いいねェ、さあ、もっと飲も飲も!」
すると中に唐変木がまじっていて、
「諸君、早まってはいかん。この女作者は『いと』つまり、たいへん『惜しい』と言ってんだぞ。われわれ男に酒を飲ますのが惜しいとはけしからんじゃないか、ウィーッ」
酔眼氏たちはもうろうの中で、しばしこの句についてガクガクとやり合ったそうな。
いとおしやは「かわゆい」にきまっている。
私は酒を飲む男たちが好きだ。しんのそこからかわゆいなァと思う。
そのかわいい男たちが、下戸女にじいーっと見られていたのでは酒も不味《まず》かろうと思うからに、ちびり、くぴくぴ、酒の味も覚えようとしているのである。
「いいじゃないか君ィ、いとおしいってさあ」
「うん、いいねェ、さあ、もっと飲も飲も!」
すると中に唐変木がまじっていて、
「諸君、早まってはいかん。この女作者は『いと』つまり、たいへん『惜しい』と言ってんだぞ。われわれ男に酒を飲ますのが惜しいとはけしからんじゃないか、ウィーッ」
酔眼氏たちはもうろうの中で、しばしこの句についてガクガクとやり合ったそうな。
いとおしやは「かわゆい」にきまっている。
私は酒を飲む男たちが好きだ。しんのそこからかわゆいなァと思う。
そのかわいい男たちが、下戸女にじいーっと見られていたのでは酒も不味《まず》かろうと思うからに、ちびり、くぴくぴ、酒の味も覚えようとしているのである。
五十を過ぎて天神様の細道じゃ
五十を過ぎて知った細道はしんねりと愉しい。そうして「酒」──あなたは想像通り旨かった。
もしかして椿は男かもしれぬ
おなじように、私はホントは酒呑みだったのかもしれぬ。
酒をたしなむようになって、実はもうひとつの発見があった。
意外や意外、私という女は無類の男好きだったのである。
酒をたしなむようになって、実はもうひとつの発見があった。
意外や意外、私という女は無類の男好きだったのである。
花に目を細め細めて男好き
いい句だ、いい句だ、とても気に入った。
若い時代の、青い果実のごとき新子にはとてものことに作れなかった句が出来た。この句を残せただけでも酒サマサマである。
私は酒を飲む男たちが好きだ。
女たちも好きだ──と思いかけていたところへちょいといやな事件が起きた。
ついこの間のことである。
場所は三宮。山菜料理屋の奥座敷。
私を含めて四、五人連れの中にその「女」も居たのである。彼女はその半生四十年を清く正しく生き抜いて聖処女という異名をもつ人であった。
店の誇る銘酒「小鼓」がどんと置かれた。この酒は口当たりがめっぽうよくて、のど越しがとびきり旨い酒である。
初めチョロチョロ、中パッパ。
彼女は私の横に正座して、ごはん炊きとおなじ要領で枡酒をかたむけていた。
いい酒ありていい仲間あり。私も心ゆるして枡の角からくぴくぴと飲んでいた。
ところが不意に、巨大ななめくじがぐにゃりと私にもたれかかってきたのである。
いや、私も酒の一年生とはいえども武士の心得はある。目を据えたなめくじごときにおどろくものではない(しかしまあ、そのケのない私にとって女の体温とぐにゃりは気持ちのいいものではなかったが)。私は平気でにこにこしていたつもりである。
すると彼女はまた不意に、私の亭主の手をむずと握りしめたのである。
いや、これも浮世の握手のたぐい。別にどうってことはない。
彼女のピッチがあがったのはその辺りからである。もう、もう、「赤子泣イテモ酒ヤメナイ」の勢い。枡をきゅーッ、あごを拭うてトクトクトク、またもやきゅーッ。一升瓶はついに彼女の股間に抱きかかえられてしまった。
そうして、握るわ握るわ。
鮨ならぬわが亭主の手をおもちゃのように握っては弄ぶのである。
見ていて目にあまり、次第に私の胸にあまってどうしようもない。
(ちょいと、いいかげんにしなさいよッ)と喉まで出かかったが、それを言っちゃあおしまいよ。私はくらくらとガマンし、にこにこと苦虫を噛んでいた。
女の酒って、がくん、ぎくんと段をつけて酔っていく。こんな女、まだまだ私、好きになれない。
若い時代の、青い果実のごとき新子にはとてものことに作れなかった句が出来た。この句を残せただけでも酒サマサマである。
私は酒を飲む男たちが好きだ。
女たちも好きだ──と思いかけていたところへちょいといやな事件が起きた。
ついこの間のことである。
場所は三宮。山菜料理屋の奥座敷。
私を含めて四、五人連れの中にその「女」も居たのである。彼女はその半生四十年を清く正しく生き抜いて聖処女という異名をもつ人であった。
店の誇る銘酒「小鼓」がどんと置かれた。この酒は口当たりがめっぽうよくて、のど越しがとびきり旨い酒である。
初めチョロチョロ、中パッパ。
彼女は私の横に正座して、ごはん炊きとおなじ要領で枡酒をかたむけていた。
いい酒ありていい仲間あり。私も心ゆるして枡の角からくぴくぴと飲んでいた。
ところが不意に、巨大ななめくじがぐにゃりと私にもたれかかってきたのである。
いや、私も酒の一年生とはいえども武士の心得はある。目を据えたなめくじごときにおどろくものではない(しかしまあ、そのケのない私にとって女の体温とぐにゃりは気持ちのいいものではなかったが)。私は平気でにこにこしていたつもりである。
すると彼女はまた不意に、私の亭主の手をむずと握りしめたのである。
いや、これも浮世の握手のたぐい。別にどうってことはない。
彼女のピッチがあがったのはその辺りからである。もう、もう、「赤子泣イテモ酒ヤメナイ」の勢い。枡をきゅーッ、あごを拭うてトクトクトク、またもやきゅーッ。一升瓶はついに彼女の股間に抱きかかえられてしまった。
そうして、握るわ握るわ。
鮨ならぬわが亭主の手をおもちゃのように握っては弄ぶのである。
見ていて目にあまり、次第に私の胸にあまってどうしようもない。
(ちょいと、いいかげんにしなさいよッ)と喉まで出かかったが、それを言っちゃあおしまいよ。私はくらくらとガマンし、にこにこと苦虫を噛んでいた。
女の酒って、がくん、ぎくんと段をつけて酔っていく。こんな女、まだまだ私、好きになれない。