人を恋うるエッセイ
初めて君に話し掛けた時、僕の膝が震えていたのを君は知っていましたか。ずっと、ずっと、僕は君を遠い処から見つめていたのです。話し掛ける術も持たず、天文学者が一人望遠鏡を覗き、金星の姿にその胸をかきむしられる夜を過ごすように、僕もまた、決して叶おう筈もない君への思慕を抱きながら、呼吸困難の闘病生活を送ってきたのです。君が嫌な人であれば良かったのに。僕の空想を裏切るつまらない実像であれば良かったのに。そうすれば僕は君の偶像を想像力の産物として、自己完結の扉を閉められたのです。けれども、君は僕を失望させてはくれませんでした。僕は君の存在の淋しさを知っています。君だけにしか解らない、そして僕だけにしか解らない特別な淋しさを。僕の存在の淋しさを君にシンクロさせたのは僕の勝手な自惚れの筈でした。なのに、君は初めて逢った僕にこう云ったのです。「貴方と私は同じ星から来たみたい」と。
何故に君はそんなに切ない言葉を、僕に投げかけたのでしょうか。眼をつむり、僕はいつも君のことを考えていました。君は今、目覚めた頃だろうか。きっと今、顔を洗い、歯磨きを始めただろう……。テレパシーなど微塵もない僕に、未知なる君の生活が解ろう筈もありません。それでもそんな君の生活を想い巡らす時、それは何故か当たっているような気がして、その瞬間君と僕とが不思議なもので絡がれているような気がして、僕はたまらなく幸せになれるのです。君の夢をみた朝はそれだけで一日中嬉しく、君の話題が人の口にのぼればかっと顔が火照ります。僕は君と双子になりたかったのです。君のドッペルゲンガーになりたかったのです。
君に何を話せばよかったのでしょう。想いは鉛の箱の中に積もり過ぎ、超新星が爆発する寸前みたく重力を最大にし、もはや爆発させまいと、覚える眩暈《めまい》と共に制するのが精一杯であったふがいない僕は、恋などという大それた感情に辿り着くことも出来ず、もう、泣き出してしまいそうです。それでも、僕はきっと君を或る日、迎えにいくのです。緑色のインクで名前を百回書けば、願いは成就するのでしょうか。世界を敵にまわそうと、力学の法則に逆らおうと、僕は君を何時の日にか手に入れるのです。
僕は、君が大好きなのですから。