カントリーなんて糞くらいあそばせ!
お引っ越しをして、そのお部屋が何と広さにして五畳くらいの小さな、まるでドールハウスのような白いペントハウス、三角お屋根に五角形の大きな窓がついた余りに可愛いスウィートルームだったもので、気分はもう屋根裏部屋の小公女セーラ、はたまたオンジの家に棲むことになったアルプスの少女ハイジ。とたんに心の奥深くに眠っていたカントリー趣味が大噴火を起こしてしまいました。
レースのカフェカーテンにパッチワークのベッドカバー、ブルーのペンキで荒く塗装された木製のキャビネットには、籐で編まれた不格好なバスケットが詰め込まれ、玄関には大きなリース。天井からはこれでもかという程にドライフラワーが吊るされ、勿論お台所には嫌という程大小様々な形のパンが吊るされ、壁には辟易するくらいに沢山の額が飾られるのです。そう、テディベアも忘れてはいけませんね。ギンガムチェックのテーブルクロスの上の燭台(蝋燭《ろうそく》は白色に限ります)の横に、マスタードの大きな瓶と共に座らせてあげましょう。…………嗚呼、こんなやわなことは考えてはいけないのです。乙女にとってカントリーとはいわば鬼門、その強烈な磁場に身体を預けてしまったが最後、堕落の一途を辿るしかないのです。冷静になりましょう。カントリーなんて最悪ではありませんこと。こんなものは少女趣味とはいい難い脆弱なオバチャン趣味、幾何学的精神の欠片もない田舎者の悪あがきです。Jane Marple の人工的な高貴さを讃え、PINK HOUSE のドメスティックな恥ずかしさを嘲笑していた乙女のダンディズムは何処へ行ってしまったというのでしょう。手作りの暖かさ、自然の優しさ、朴訥《ぼくとつ》な太っちょ農夫とクッキーを焼くのがたいそう上手い丸眼鏡の老婆なんて、斧で頭をかち割ってしまいたいくらいに嫌悪していた筈でしょう。
それなのにそれなのに、せめて laura ashley で止めておけば少しは矜持も保てようものを、やんぬる哉、窓辺に吊るされた玉葱の束にさえ心ときめかせてしまう情けなさよ。このままではいい人になってしまいそう。どうぞ、僕に手作りのジャムを贈らないで下さい。僕はバロックを愛する硬質な者です。大きなモミの木の下に佇みよく笑うそばかすを気にする君は、僕のドッペルゲンガーか。自己批判せねばなりますまい。