夢みるドレス──CDなき二十世紀の恐怖
Christian Dior──二十世紀の運命を決定したあまたの巨人達の中で、僕は貴方にのみ畏敬と感謝の念を手放しでおくりましょう。十九世紀に終焉せし真に豪奢な観念の服飾を、残忍と放蕩のエレガンスを、貴方は勇気を持って継承、復権なさいました。メゾンの設立は四二歳、デザイナーとしては遅咲き過ぎる貴方が初コレクションで発表したドレスは、貧しき機能主義に甘んじることを美徳と勘違いした二十世紀の倦怠を真っ向から軽蔑するものでした。そのコレクションが「ニュー・ルックの誕生」として世界を震撼させなかったとしたら……。想像するだけで僕は身の毛がよだちます。貴方の運命的な成功がなければ、モードは文学と同じ、否、それ以上に今世紀において憶病なお荷物となっていたに違いありません。
ドレスとは女性を女性らしくみせる為のはかなき一瞬の建造物であると主張した貴方は、まさに神の如く美の本質をご存じでした。Hライン、Aラインと次々に完璧なる虚像を布に託し、醜悪で退屈な現実を明確な意志を持ち糊塗していった希代のロマンチストよ。ダビデ王の血をひくイエスが異端として断罪されながらも人々に普遍の教理を遺したと同じように、貴方は最も正統かつラディカルな世界の救済者でした。
BALENCIAGA のドレスはエレガントだが夢をみない。CHANEL のエレガンスはドレスに夢をみない。しかし Dior のドレスは夢みるエレガンス。Dior を信仰しない女のコなぞ、死んでしまえばいいのだと思います。教祖が早世し、その後設立から五十年の短き期間、矢継ぎ早に指導者を変えてきた Christian Dior というメゾンの根底に息づく定理は、今となっては少々解り辛いかもしれません。しかし、評伝その他諸々、幾つかの書物で彼が夢みた世界はきっと確認出来る筈。それが面倒ならブチックで紆余曲折した彼の遺産を、一度真剣にご確認なさい。千鳥格子柄のスーツ、これまで男性用として使用されてきたこの柄は、初めて Dior が女性のモードとして応用したもの。それが CHANEL の示した歴史へのアンチテーゼとは異種のものであることを感じ取れずにいるのなら、もう何も云いますまい。そんな人は POISON を下品で強烈な香水としか認識出来ないのでしょうから。
Dior 様! 僕は貴方の忠実な使徒です。新婚旅行は熱海で我慢して、サラ金を総なめで梯子しようとも、僕の花嫁には Christian Dior のローヴ・ド・マリエを購入いたします。Dior 様、貴方のご加護をこの僕に!