だまし屋
今の少年雑誌にはそういう馬鹿馬鹿しい広告は載っていないようだが、私の子供時代の少年雑誌のなかには、「伊賀流忍術、秘法の本、一読、ただちに姿を消し、空を飛ぶことができる神秘不思議の術を書いた本。今月、注文の方には美麗カメラ一台を景品」
などという広告が頁のあちこちに載っており、私はそれを見て非常に感激して、代金を送った記憶がある。
送ってきたカメラは全く使いものにならぬ紙製の赤いパラフィン紙をはりつけ、小さなレンズをはめこんだものであった。そして神秘不思議の本のほうには、五十にちかい項目があり、姿を消す法にも空中を飛ぶ術にも、ワケのわからぬ薬草の名をならべたてて、以下を服用するとできますなどと出鱈目が書いてあり、子供心にも口惜しい思いをしたものだった。
だがその後、大人になってからも、私は好んで赤新聞を買う。赤新聞のなかで一番、面白いのは広告欄で、この広告を見て飽きることがないのだ。何かモットモらしくて、何かインチキ臭いあの広告——あるいは仔細ありげな品物の広告、そういうのに手を出せばイッパイ食わせられると百も承知していながら、そのイッパイをどう食わしてくれるかに私の興味はある。私の後輩で同じようにインチキ好きなのがいて、近ごろの赤新聞によく載っている臭いつき下着を注文したら、安物の香水をふりかけた品物を発送してきたという。敵さんもなかなか考えるのである。
地方に行くとよく東京の有名歌手の名にもじった名が、村や部落の電信柱に出ている。美空いばりだの、橋雪夫だの——しかし地方ではそれでも結構、みんな聞いてくれるらしい。
今のようにポルノ映画が盛んでなかった七、八年ほど前、ピンク映画の広告にもこの種のものが幾つかあって、思わず吹きだしたことがあった。いつか小田急の某駅の前にそんなピンク映画の立看板があり、そこに名作映画化と題して、
『砂利《じやり》の女』
『泥の中の植物群』
と書いてあった。いうまでもなく『砂利の女』は安部公房の『砂の女』を、『泥の中の植物群』は吉行淳之介の『砂の上の植物群』をもじったものである。
私もひどい目に会ったことがある。
四、五年前のことだ。
軽井沢の町をぶらぶら散歩していたら、電信柱に、映画の広告が出ていて、そこに四つん這いになって何かを窺っている男のポスターがあり、
「夜ばい虫、主演、遠藤周作」
と書いてある。私と家人とはびっくり仰天して、よくよくそのポスターをみると「夜ばい虫、主演、武藤周作」と書いてあるのだが、「武」と「遠」という字は遠くから見ると同じように見えるものだ。あとの三字は全く同じだから、私の知人は私と間ちがいかねないのである。
情けないことには、そのマギらわしい私の名に似た芸名の上に、実に下品な夜ばい姿をした男の写真がのっていたことである。
もちろん、その武藤周作氏が私の名から芸名を考えたのか、どうかわからないし、私にはそれに文句をつける権利はない。
さりながら、その夏、一週間の間、私は軽井沢の町を歩くのが恥ずかしくてならず、家にとじこもっていた。東京に戻って友人に話すと、武藤周作氏はピンク映画では名の売れた俳優だそうである。