徹底したケチ精神
私のような男は浪費をするたびにチェッ、チェッと舌打ちをする。女の子におごったあとほどこの舌打ちが激しくなる時はない。ああ損したと思う。そういう私を親友のAという男が叱りつけて、
「人間、ケチの美徳を学ばねばいかんで。おれなんか大阪の生れやさかい、ケチがどんなに立派なことか子供の時からしこまれた」
彼は私にケチ訓練をさせるためにデパートに行けと言う。Aはときどきデパートに行くと、まず、地下の食料品売り場に行って酒の販売をしているケースの前に立っていると、
「いかがですか。菊吉宗でございます。試飲してくださいませ」
Aはこの試飲酒をチビチビやったあとありがとうと一言、言ったまま、今度は出雲ソバを売っているケースに近づく。ここも出張員がソバを宣伝するため試食させる。それをパクパク食って、今度は書籍部に行き本をタダ読みしさらに大食堂にのぼって、床をじっとながめていると必ず、色つきの丸い札が一、二枚、落ちているものである。その札をサッとひろって、何くわぬ顔をしてテーブルにつき給仕の女の子に渡すと、ホットケーキを持ってくる。これで終りかというとそうではない。ふたたび売り場をまわって今度も床を見張りし、客が落していった買い物レシートを拾っていく。このレシートを中小企業の店に持っていくと税金落しの材料として買ってくれるからである。
ケチもAからこう聞かされると、私には非常に辛い精神的努力のように思えてくる。こんな努力をしなければならぬくらいなら、私はやはりチェッ、チェッ、損した、損したと後悔しながら、気の弱さ、自信のなさから浪費する連中の一員になったほうがまだマシだ。