土産を買う亭主
夜、十時ごろか、十一時ごろ、東京の渋谷や新宿の広場を通りすぎたことがありますか。ああいう所には、こんな時刻に必ずオモチャの叩き売り屋が出ているものである。
夜の十時ごろにオモチャの叩き売り屋がなぜ出るか。餓鬼《がき》たちはすべて、眠りこけているという時刻なのに。
これはねえ、父親相手の商売なのさ。亭主族相手に売っているのさ。大道商人は学者先生たちよりはよく亭主の何ものなるかを知っておるよ。
うそだと思ったら現場に行ってごらん。いるよ。いるよ。亭主族が。みんなじっと、懸命に大道商人の声に耳をかたむけているよ。「この鉄腕アトムはね、たんに手足が動くというんじゃないよ。ほれ、このリモート・コントロールを使えば両足そろえて空中を泳ぐんだからね。アメリカに輸出した時は目の青い向うの子供がワンダフルと叫んで、たちまち売り切れになったんだよ。向うの父親はえらいよね。ちゃんとよいオモチャを買って子供に与えるんだから。だが日本の父親はどうだ。デクの棒のように突っ立って買おうか、買うまいか考えてござる。手前《てめえ》はしたたか酒をのんだくせに、可愛い子供に土産の一つも持っていかない気かね」
この最後の言葉が周りをかこんだ亭主たちの胸にぐさりと突きささる。本当にオレはいけない奴だなと思う。オレは今日、会社の帰り、この渋谷でとも角も酒をのみ、ホルモン焼きを食ったのだ。自分は家族を放ったらかしてたのしんだ。申しわけない。オレは悪い奴だなあ。
「だからさあ、このオモチャぶらさげて家に戻ってごらんよ。角《つの》出したカミさんの機嫌も急によくなるし、それから明日の朝、目をさました坊やが泣いて喜ぶよ。うちの父ちゃん、いい父ちゃんって」
たった二百円の鉄腕アトムがこうして売れていくのも、酒のんだあとの亭主のビクビクした心理をうまくつくからである。私は渋谷や新宿に夜ふけて必ず出会うオモチャ売りとそれを囲んでじっと飛行機や潜水艦をいじくっている男たちの群れを見るたびに、そのせつない心理を思わざるをえない。臆病で、小心で、そのくせ威張りたがる彼等よ。