�悪食�もまた楽し
さて日も落ちぬれば闇鍋をはじめる。灯を消し闇のなかで各自持参のものを鍋のなかにそっと入れる。何を入れるかはそこは秘密で、ただし食用に値する衛生的なものでなければならぬ。
「大分、煮えてきましたな」
「そろそろ試食するとしようか」
鍋の中に箸を入れて何やらつまめば、
「や、や、これは何だ。西瓜の皮ではないか。うまい、実にうまいッ」
「私、メダカを五匹ほど入れておきましたが、どなたか、箸にかかりましたかな」
「メダカですか。いや小さすぎてどこにあるのやらわからぬ」
ワイワイがやがや、箸をうごかし、食べたのやら食べぬのやら、さっぱりわからぬが、そこは風流人の集まり。
「いやア、満腹、満腹」
「近来にない馳走でありました」
みなみな今宵の主人、A君に礼をのべ、それぞれ引きあげていく。
夜半、狐狸庵に戻れば、月は赤く大山の向うにかかりて、昼の暑さもどうやら肌に涼しく、ああ、今日もこれで一日終ったと、何やら馬鹿馬鹿しき気持である。
さりながら恥をしのび、このようなわが風流の一日を読者諸君に御紹介したのも他でもない。こういう狐狸庵が書くことであるから、どうせ、チンチンのゴミにもひとしきことばかり。この閑話によって人生に目をひらかされたとか、大いに悟るところがあったとか、絶対に絶対に期待しないで頂きたいと、これだけは手を合わせておねがい申し上げる。この本をお読みになる方は、まず怠け者、ぐうたらでは他に負けぬとお思いの方、何ごとにも退屈また退屈のお方に限る。