風流とは退屈なもの
暑いな。しかして退屈であるな。
五年ほど前、ここ柿生の山里に移りすむまえ、渋谷の町なかに陋屋《ろうおく》を結んでおったのであったが、その時は昼は庭のへちま棚の下で書を読み、昼寝などなし、庵《いおり》とじ、渋谷におり、女中相手によく塩のきいた枝豆で、チビリ、チビリ、とやるのが楽しみであった。
それがこう、俗塵嫌うて山里に住むとな、むかし馴染んだ酒亭におもむくのも何かと億劫で、一人、夕餉《ゆうげ》すませば雑木林のなかで渋《しぶ》団扇《うちわ》バタバタ鳴らしつつ、蝙蝠《こうもり》の夕空に飛びかうのをぼんやり眺めておる始末で、これは余り大声で他人さまには言えぬが、風流とは退屈なものだて。
先日、ひどく暑い日がありましたろう。あの日は流石《さすが》、花鳥風月を友とする拙者もたまりかね、早々に夕暮、草廬《そうろ》を出て東都は芝、笄《こうがい》町にすむA君を訪れましてな。
「ごめん、在宅かな」
ところがA君の気色もすぐれない。
「暑気あたりではないかの」
「いや、昨日より、どうも軽い腹痛で……なに、苦しいと言うほどではないワ。歓迎。歓迎」
そこは通人、A君。腹痛にもかかわらずにこやかに笑い、友を迎えてくれる。乃木将軍とステッセル。庭にひともとナツメの木。
やがて暗くなる。友あり遠方より来るであるから、夕食ぐらいは出してくれるであろうと、心中ひそかに期待しておったが、向うさんは一向にその気配もみせん。
「いや、なんだな。腹痛ならば夕餉も控えるつもりだろうな」
それとなく謎をかけるとA君、急に声をひそめ、
「うむ、夕食だが、チト探りたいものがあってな」
「ほう。探りたい。何を」
「赤坂にCという大きな喫茶店があろうが」