スウェーデン風接待?
その大きな喫茶店なら狐狸庵も知っておった。道路に面した大きなレストラン兼喫茶店で、中に入ったことはないが、何やらサーカスの広告のような若い男女がいつもウロウロしとったな。
「その店に来る常連のなかでトミ子とか言う娘がいて、その娘にそっと訊ねると」と、A君はひどく深刻な顔をして、
「あるマンションを教えてくれるそうだ。つまり……何だな……言いにくいが、そのマンションでは……スウェーデン風接待をすると言うので……」
「よしなさい。莫迦莫迦《ばかばか》しい、あんた、年を考えなさい。年を」
狐狸庵は正直な話、かかる週刊誌に載っておるような秘密ありげな話はどうも好かぬ。
そんなものはわが風流の道とは何の関係もない。だが、その日は夜になって暑かった。それにA君が一向に夕餉を出してくれぬので、
「ではそのCという店で、あんた、トミ子という娘と話されるがよい。我輩は夕食をとるから」
そう言って外に出たのであった。
問題の大きな店にはいったがな、狐狸庵の想像した通りであったな。右にも左にも不良外人らしい手合いがキョロキョロ女子を物色しておって、しかも相手になるらしい娘たちというのが、これ亦《また》、一週間も入浴したことのないようなアカじみたうすぎたない小娘たちで、ジーパンにサンダルひっかけ、しかも親からもらった黒髪を金色、栗色にそめて、眼にも青い絵具を塗り、御先祖さまが見られたらさぞかし泣かれたであろう。流石にA君もションボリとして、
「いやはやこれは絶望」
馬鹿馬鹿しくなり外に出ようとすると、女か男かわからん女がそっとよってきて、兄ちゃま素敵よ、という。馬鹿もん、何をするかッと一喝したが、あれは男娼といわれる手合いであろう。
夜も大分ふけたようだがまだ暑い。A君を誘って、青山まで歩き、涼を求めて外苑を漫歩せんとす。ここは東都にただ一つ、樹木多くして巴里やナポリをしのばせるからである。このあたりからA君また元気なく、
「どうも腹がいたい」
さらば厠《かわや》をさがさんと、ほの暗き外苑の樹立のなかに公衆便所を求めてはいったところが驚いた。