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ぐうたら人間学97
日期:2020-10-31 20:14  点击:277
 昔なつかしい老人像
 
 暑いな。しかして退屈である。
 鼻毛引きぬきつつ、一日中、くうだらん事を考えておるのである。どうせ何をしたところで、こっちは社会にとって無益無用の存在であるから、暑い日はあまり動かずに鼻毛をば引きぬいているに限るのである。
 しかし何だなあ。拙者《やつがれ》は今後、一体どうなっていくのかなあ。若い折はそんなことなどトンと考えもしなかったが、近頃のように尿《いばり》の数も多くなり、朝も早く目がさめ、物憶えもわるく、
「その話はもう前にききましたがな」
 時々、人にそう言われてみると、やはり同じことを繰りかえししゃべっているようだな。拙者は初めてその話をきかせておるつもりであるが。
 同じ老人になるなら、拙者はこういう年寄りになりたいの。つまり何だ。小指の爪を長くのばし、時々、それで耳の穴をほじくりながら爪の先についた黄色いアカをフッと吹きとばし、中指には大きなハンコ用の指輪をはめて、口には金歯を入れ、爪楊枝《つまようじ》をくわえて、できるだけチュッチュッと下品に音を立て、列車にのれば、すぐスリッパをはきチヂミのシャツにステテコ一枚になって団扇《うちわ》でバタバタ股なんかあおぎ、
「ああ、暑い。暑い」
 あたりかまわず通路を歩きまわる。外人なんかビックリした顔をしてもかまわない。文化人なんかがヒンシュクした目でみてもかまわない。
 つれて歩く女も、次のようなのがいいな。安物の着物に色つき足袋に下駄をひっかけ、これも金歯がギッシリで、羽織の中に両手をちょっと入れて、チョコチョコとせわしく、
「おお、さぶ。さぶう」
 そんな女性がいいな。
 バーなんかたまに行っても、女給たちに、
「おい、チップやろうか」
 大きながま口から銅貨を一枚、一枚だし音をたてておく。そんな年寄りになったら面白いだろうな。
 何をくだらんことを考えておるのか。世の中ではみんなは今日も一日一生懸命、働いておるのだぞ。お前もくうだらんことば思案せず、少しは、人類社会に裨益《ひえき》するようなことを思いついてはどうだ。しかしまアいいでしょう。誰も彼も精力善用、自他共栄、勤倹貯蓄、奮励努力ではあんまり無駄がなさすぎる。くうだらんことも世の中には必要だア。
 しかし何だなあ。年寄りと言えば近頃は本当の年寄りらしい年寄りはいなくなったなあ。元来、年寄りというものは頑固頑迷で、若い者を小馬鹿にし、昔はよかったななどと今を見くだしていたもんだ。それが今の年寄りときたら、若い者にどうも理解がありすぎる。理解してるんじゃない。理解ありげにみせかける方が生きやすいからだろうなあ。
「いや、近頃の若いもんも偉いもんですよ。彼等も彼等で悩んでおりますからなア」
 そういうワケ知り顔の老人が会社にも文化界にも随分、ふえたが、あれは嫌なもんだな。老人が若い者におべっかを使うようになったのは、世もセチ辛く、そうでもしなければ生きていけんからだな。食いっぱぐれるし、名声も保てなくなるのがこわいからだろうな。つまり、あれは老人の狡《ずる》い阿諛追従《あゆついしよう》だなあ。
 むかしの老人はそうではなかったな。嫌われようが憎まれようが、物わかりなんぞ一向によくなく、古いと言われようがフフンとそっぽをむき、新しいものはみんなダメと言ったもんだよ。ああいう老人に拙者、やはり好感をもつなあ。
 

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