メロンとムエロンと
その夕暮、別のAという友人から電話があり、北に何を見舞品として持っていったか、あれは吉良上野介のように見舞品を手帖に書きこんで毎夜、ニタニタ笑っているという報告があった。私は砂糖漬の栗——つまりマロンを贈った、と正直に答えた。
だが四、五日して、その北から突然、葉書が舞いこみ、
「ぼくは栗十個はもらったが、メロン十個はもらっておらぬ、あんた、またホラ吹いたですか。ひどいですぞ」
という抗議が来たのである。このヌレギヌにびっくりした私が色々と調査してみて、その事情がおぼろげながら、わかってきた。外国語はよく読めるがハチオンの方は弱い北もAも、外国語ではトマトのことをトムエトと発音することを知らない。栗《マロン》の場合も、私のようにハチオンの強い人間はムエロンとうまく発音する。私はAに「栗《ムエロン》を十個ばかり贈ったよ」と言ったにかかわらず、Aはメロン十個を贈ったと聞きちがえ、それが北に伝わったらしいのである。私はこのように善意あるにかかわらず、友人たちより言葉や発音に正確なため、かえって誤解をまねき、「ほらふき遠藤」などと言われる。私の不徳のいたすところだが新年からは注意しなければならない。
北は最近、鬱《うつ》病にかかり、三日間、壁にむかって、じっと坐ってブツブツ何か呟いたりしていたそうだが、Aという医者からもらった薬を飲んだところ、薬があまりきつすぎて、今度は騒ぎまわる躁《そう》病にかかったと言う話をきいた。それは北自身がみなに触れまわっており、
「ぼくは今、躁病で、躁病の特徴の一つは何でもかでもパッパと人にくれてやるらしいですな」
と言っておるので、ある友人が心配して彼の家に出かけたところ、キュウリ三本しかくれなかったというので、あの躁病もたいしたことはないという結論になってしまった。