日语学习网
ぐうたら交友録33
日期:2020-10-31 20:39  点击:299
 ハラマキを持出す男
 
「おや、お前、こんなところに来てたの」
 安岡はアリョーシャに会ったイワン・カラマーゾフのごとく、もみ手をして猫なで声をだした。それから、
「俺を紹介してくれよ。この人に」
 私は心のなかで、あっちに行け、こいつメ、と念じているにかかわらず、しつこく卓子《テーブル》にへばりついた彼は、我々の注文したロシア漬をまずパリパリと食べ、じっと眼を細めていたが、
「ところで、お前、例のハラマキ、まだやってるのか」
 と突然、たずねた。
「えっ、ハラマキ」
 私はわけがわからず、驚愕して叫んだ。
「ハラマキって何だね」
「なにを言う。憶えてないのか。お前、いつもしてたじゃないか、ラクダ色のハラマキを。モモヒキの上に。お腹をひやすといけないっと言ってさ。ねっ。こいつったら子供みたいなんですよ。ハ、ハ、ハ、ハ。夏になるとキントキハラマキなんか家でしてるんだ。冬はラクダ色のハラマキをするんだ」
 それから彼は、「じゃあ俺、失敬する」と呟き、ロシア漬を一つ口に入れて不機嫌に向うに去ってしまった。
 彼が去ると苦しい沈黙が続いた。雰囲気はすっかり変ってしまったのである。私の同伴者である若い女性は何とか微笑《ほほえ》もうとするのだが、安岡の言葉をすっかり信じたらしく、その微笑もすぐ消えて浮かぬ顔になる。きっとまぶたにうかぶ、モモヒキにラクダ色のハラマキをした男の影像を追払おう、追払おうとしているのであろう。それを感じてこちらもすっかり腐ってしまった。
 私の家にもケチをつけ、嫌がらせを言った安岡は尾山台にある自分の家をひどく自慢し、近くに引越してこいとしきりに奨めた。彼によれば、その家は彼の設計によって箪笥《たんす》なども、あらかじめ壁にはめこめるようになっていたそうであった。そしてさほどに彼は建築学にも詳しいのだと自慢した。
 だがその時は黙ってはいたが、私は三浦にきいて真相を知っていたのである。安岡は建築の知識などあるどころか、普請中、作業場を歩きまわり、よせば良いのに一人の大工に、
「駄目だな、こんな、悪い材料を使っては」
 と言うと、その大工は憤然として、
「旦那、これはあんたの家で一番、いい材木だよ」
 と怒鳴った。すっかりショゲた安岡は裏手にまわり、別の大工に今度こそはとばかり、
「なかなか、いい木を使っているね。よろしい、よろしい」
 とほめてみると、今度はこの大工、うすら笑いをうかべて、
「へえー。これは、ベニヤ板だがね」
 と言ったという。のみならず、その家が出来あがった時、三浦がお祝いにたずねて行くと、安岡の設計にしたがって壁にはめこむはずの箪笥が壁の前にドッカとおかれている。おい、おい、一体どうしたのだ、と三浦はふしぎがってたずねたところ、
「ウー」
 安岡はただもう不機嫌な顔をして口をモグモグさせている。ようやく白状したところによるとなんと、彼は箪笥をはめこむべき壁のくりぬき場所を箪笥と全く同じ高さ、全く同じ幅に作らせたため、いくらウンウン押しても中にはいらない。はいらぬも当然。一|糎《センチ》ほどの余裕を作っておくのを忘れたのである。
「いやあ、あいつのその時の仏頂面を見せたかったワ」
 と三浦は笑っていたが、私は小学校で習う工作の原理のイロハさえ知らぬ安岡の建築知識とやらにホトホト呆れてしまったのである。
 

分享到:

顶部
11/28 21:28