トッピな�伯爵令嬢�
その夜、かなり更けて一同は引きあげたが好奇心を燃やしたKはタクシーで彼女のあとを尾行してみた。さっきまでの話によると彼女はスターのように素晴らしい豪奢な生活を送っているようで「時折、楽団をよんでそれに演奏させながら食事をすることもありますの」などと言っていたからである。ところが彼女をのせたタクシーは目黒の国電線路ぎわにとまり、Kが窺っているとは知らぬ伯爵令嬢は、そばのわびしい古アパートに姿を消し、まもなく二階の一部屋に灯がともって窓ぎわにぶらさげた洗濯物をとり入れているのをKは見たのである。楽団をよんで食事をとるなど、とんでもない話だったのだ。
Kから聞いた私はこの話を早速、吉行に伝えて相談した結果、今度、伯爵令嬢に会ってもだまされたふりをしていようと決めた。彼女が一体何者であるかも知りたかったし、あれだけ迷演技をやってくれる以上、怒るのも可哀相だし野暮と思ったからである。
だから吉行はその次、あのバーで彼女に再会した時も、知らん顔をしていた。その夜、彼女はかなり酒を飲んで相変らず、夢に出てくる王女さまのような出鱈目《でたらめ》ばかり言っていたが、ふとしたはずみに首にかけた真珠の首飾りの糸が切れて、バラバラと真珠は床に散った。
「まア」と彼女はオロオロして叫んだ。
「五十万円もする真珠ですわ。みなさま、拾って下さい」
彼女をまだ伯爵令嬢と信じているボーイも、この店にいる二人のホステスもあわてて椅子のかげ、テーブルの下を這いまわり落ちた真珠をひろい集めたが、ボーイ君だけは、その一つをそっとポケットに失敬していた。そして彼女がかえったあと、吉行に言った。
「先生、これは五万円ぐらいに売れるでしょうか」
そこで吉行は早速、翌朝そのボーイと一人のホステスとを車に乗せて、この一粒の真珠を宝石店に持っていったところ、主人は「こんなニセモノ」と苦笑したそうである。ここに至って、あの自称伯爵令嬢の言うこと、全くの嘘デタラメだとわかってしまった。
また別のある日、ママとこの伯爵令嬢とが突然、喧嘩をはじめた場面に我々は出くわした。喧嘩の原因は令嬢がママに、
「あなた、もう少し上品に遊ばしてよ。一緒にいると、恥ずかしいわ」
と言ったことから始まった。カーッとなったママは負けずに怒鳴りかえした。
「なにさ。人がだまっていればいい気になって。あんたなんか、水洗便所の使い方も知らないんじゃないか」
「失礼なこと、おっしゃるのね。どうしてあたしが水洗便所の使い方も知らないの。おっしゃってよ」
「だってさ。いつかあんたがおシッコしているの見たら、あんた便器の台の上にとび乗って、やってたじゃないか。水洗便所はね、便器にまたがってするんですよーだ。上にとび乗ってするんじゃないよ」