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ぐうたら交友録51
日期:2020-10-31 20:46  点击:305
 鍋の中で格闘する箸
 
 したがって私は自分の分と考えたところのマツタケを鍋に入れ、品よく食事をはじめた。しかるに阿川は厚顔にも黙ったまま鍋に箸を入れ、私の食い分であるマツタケをムシャムシャと食べはじめるではないか。
 私は思わずムッとしたが礼節をわきまえる者の一人として不満を表にあらわさなかった。(読者はクドいと思われるかもしれぬが、この点も大事である)
 にもかかわらず、阿川は私がマツタケを一片、箸でとるたびにジロリと私を睨み、そして大急ぎで二片、つまむ。私が二片、口に入れれば、ジロリと睨み、三片をおのが皿にうつす。それはさながら、私より少なく食ってなるものか、と言うがごときである。
 私が三片とると彼はすばやく四片をたいらげ、我、四片、食すれば、彼五片をばあわてて口に入れる。私はあまりのことに思わず箸をおき、彼の顔をみつめ、黙ってその反省を促した。しかるに『山本五十六』の作者の顔には毫《ごう》も慚愧《ざんき》の色が浮ばない。
 鍋の中には既に二片のマツタケしか残っておらぬ。私はこの二片までコヤツに食われてなるものかと思い電光石火の如く箸を鍋につっこんだ。と、阿川は憤然として自分の箸でわが箸を押えつけた。鍋中に両者の箸が格闘し飛沫は飛び散り、曽野さんは呆れたように阿川を見つめていた。私も、この男の小児的な食物執着にびっくりし、ただ茫然としたものである。
 子供の頃、私の近所にアンパン坊やとあだ名のある男の子がいたが、この子はパン屋の前にくると「アンパン買えー。買ってくれエ」とわめき叫び、母親が叱ると泥んこの中にひっくりかえり手足をバタバタさせて、なおも「アンパン買え」とわめき散らしたものである。そして母親がアンパンを買うまでこの動作をやめなかった。彼は私と仲良しであったが、今日阿川をみるたびに、私はこのアンパン坊やを思いだしてならぬのである。
 坊やというとこの図体の大きな男には相応《ふさわ》しくないが、よくみると阿川の顔は坊やの顔である。新聞や雑誌にのる著者紹介などでは彼はいかにも大人びた顔をしてうつっているが、如何せん、性格は面貌に出るもので、実物はアンパンのためなら泥んこの中で手足をバタバタさせるきかん坊そっくりの顔であるから、酸いも甘いも噛みわけた吉行とはまこと対照的である。
 きかん坊だから、この男はすぐカッと怒る。友人の間では、阿川は瞬間湯わかし器だというあだ名があるくらいだ。一瞬にしてポッポと熱くなるからである。だから勝負ごとをしても負けこんでくるとカーッとなり、カーッとなると勝負ごとは更に負けるから相手は彼を怒らせればいい。
 私は無調法で花札もトランプもほとんどいじらない。だから阿川のその方の実力はよく知らぬが、時々、彼の家を訪れると、一室でアメリカギャングの親玉のような真赤なガウンを着た阿川と、刑務所の囚人服そっくりのパジャマをきた吉行がトランプを罵りながらやっている。下品なること、きわまりない。そしてその隣の部屋では五歳になる彼の坊やが一人でトランプをして遊んでいる。孟母《もうぼ》三|遷《せん》という言葉があるが、阿川の坊やは可哀相に賭博好きの父親のため、年端もゆかぬのにトランプや花札をいじるようになったのである。
 

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