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思い出す事など(十八)
日期:2020-12-28 23:58  点击:347

 ただ驚ろかれたのは身体からだの変化である。騒動のあった明あくる朝、何かの必要に促うながされて、肋あばらの左右に横たえた手を、顔の所まで持って来きようとすると、急に持主でも変ったように、自分の腕ながらまるで動かなかった。人を煩わずらわす手数てかずを厭いとって、無理に肘ひじを杖つえとして、手頸てくびから起しかけたはかけたが、わずか何寸かの距離を通して、宙に短かい弧線を描く努力と時間とは容易のものでなかった。ようやく浮き上った筋きんの力を利用して、高い方へ引くだけの精気に乏しいので、途中から断念して、再び元の位置にわが腕を落そうとすると、それがまた安くは落ちなかった。無論そのままにして心を放せば、自然の重みでもとに倒れるだけの事ではあるが、その倒れる時の激動が、いかに全身に響き渡るかと考えると、非常に恐ろしくなって、ついに思い切る勇気が出なかった。余はおろす事も上げる事も、また半途に支える事もできない腕を意識しつつそのやりどころに窮した。ようやく傍はたのものの気がついて、自分の手をわが手に添えて、無理のないように顔の所まで持って来てくれて、帰りにもまた二つ腕をいっしょにしてやっと床とこの上まで戻した時には、どうしてこう自己が空虚になったものか、我ながらほとんど想像がつかなかった。後から考えて見て、あれは全く護謨風船ゴムふうせんに穴が開あいて、その穴から空気が一度に走り出したため、風船の皮がたちまちしゅっという音と共に収縮したと一般の吐血だから、それでああ身体からだに応こたえたのだろうと判断した。それにしても風船はただ縮ちぢまるだけである。不幸にして余の皮は血液のほかに大きな長い骨をたくさんに包んでいた。その骨が――
 余は生れてより以来この時ほど吾骨の硬さを自覚した事がない。その朝眼が覚さめた時の第一の記憶は、実にわが全身に満ち渡る骨の痛みの声であった。そうしてその痛みが、宵よいに、酒を被こうぶった勢いきおいで、多数を相手に劇はげしい喧嘩けんかを挑いどんだ末、さんざんに打ち据すえられて、手も足も利きかなくなった時のごとくに吾を鈍にぶく叩たたきこなしていた。砧きぬたに擣うたれた布は、こうもあろうかとまで考えた。それほど正体なくきめつけられ了おわった状態を適当に形容するには、ぶちのめすと云う下等社会で用いる言葉が、ただ一つあるばかりである。少しでも身体を動かそうとすると、関節ふしぶしがみしみしと鳴った。
 昨日きのうまで狭い布団ふとんに劃かくされた余の天地は、急にまた狭くなった。その布団のうちの一部分よりほかに出る能力を失った今の余には、昨日きのうまで狭く感ぜられた布団がさらに大きく見えた。余の世界と接触する点は、ここに至ってただ肩と背中と細長く伸べた足の裏側に過ぎなくなった。――頭は無論枕に着いていた。
 これほどに切りつめられた世界に住む事すら、昨夕ゆうべは許されそうに見えなかったのにと、傍はたのものは心の中うちで余のために観じてくれたろう。何事も弁わきまえぬ余にさえそれが憐あわれであった。ただ身の布団に触れる所のみがわが世界であるだけに、そうしてその触れる所が少しも変らないために、我と世界との関係は、非常に単純であった。全くスタチック(静せい)であった。したがって安全であった。綿わたを敷いた棺かんの中に長く寝て、われ棺を出でず、人棺を襲おそわざる亡者もうじゃの気分は――もし亡者に気分が有り得るならば、――この時の余のそれと余りかけ隔へだってはいなかったろう。
 しばらくすると、頭が麻痺しびれ始めた。腰の骨が骨だけになって板の上に載のせられているような気がした。足が重くなった。かくして社会的の危険から安全に保証された余一人いちにんの狭い天地にもまた相応の苦しみができた。そうしてその苦痛を逃のがれるべく余は一寸いっすんのほかにさえ出る能力を持たなかった。枕元にどんな人がどうして坐すわっているか、まるで気がつかなかった。余を看護するために、余の視線の届かぬ傍かたわらを占めた人々の姿は、余に取って神のそれと一般であった。
 余はこの安らかながら痛み多き小世界にじっと仰向あおむけに寝たまま、身の及ばざるところに時々眼を走らした。そうして天井てんじょうから釣った長い氷嚢ひょうのうの糸をしばしば見つめた。その糸は冷たい袋と共に、胃の上でぴくりぴくりと鋭どい脈を打っていた。
朝寒あささむや生きたる骨を動かさず
 

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