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薤露行: 一 夢(3)
日期:2021-01-10 23:28  点击:298

 機微の(ふか)きを照らす鏡は、女の()てる(すべ)てのうちにて、(もっと)も明かなるものという。苦しきに堪えかねて、われとわが(かしら)を抑えたるギニヴィアを打ち守る人の心は、飛ぶ鳥の影の()きが如くに女の胸にひらめき渡る。苦しみは払い落す蜘蛛(くも)の巣と消えて(あま)すは(うれ)しき人の(なさけ)ばかりである。「かくてあらば」と女は危うき(ひま)に際どく()り込む石火の楽みを、(とこし)えに()づけかしと念じて両頬に(えみ)(したた)らす。
「かくてあらん」と男は始めより思い極めた態である。
「されど」と少時(しばし)して女はまた口を開く。「かくてあらんため――北の方なる試合に行き給え。けさ立てる人々の蹄の(あと)を追い懸けて病()えぬと申し給え。この頃の蔭口(かげぐち)、二人をつつむ(うたがい)の雲を晴し給え」
「さほどに人が(こわ)くて恋がなろか」と男は乱るる髪を広き額に払って、わざとながらからからと笑う。高き(しつ)の静かなる中に、常ならず快からぬ響が伝わる。笑えるははたとやめて「この(とばり)の風なきに動くそうな」と室の入口まで歩を移してことさらに厚き幕を揺り動かして見る。あやしき響は収まって寂寞(じゃくまく)(もと)に帰る。
(よべ)見し夢の――夢の中なる響の名残か」と女の顔には(たちま)(こう)落ちて、冠の星はきらきらと震う。男も何事か心(さわ)ぐ様にて、ゆうべ見しという夢を、女に物語らする。
「薔薇咲く日なり。白き薔薇と、赤き薔薇と、黄なる薔薇の間に()したるは君とわれのみ。楽しき日は落ちて、楽しき夕幕の薄明りの、尽くる限りはあらじと思う。その時に戴けるはこの冠なり」と指を挙げて眉間をさす。冠の底を二重にめぐる一(ぴき)の蛇は黄金(こがね)(うろこ)を細かに身に刻んで、(もた)げたる(かしら)には青玉(せいぎょく)(がん)()めてある。


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