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京に着ける夕(2)
日期:2021-01-30 23:59  点击:340

 かんかららんは長い橋の袂(たもと)を左へ切れて長い橋を一つ渡って、ほのかに見える白い河原(かわら)を越えて、藁葺(わらぶき)とも思われる不揃(ふそろい)な家の間を通り抜けて、梶棒(かじぼう)を横に切ったと思ったら、四抱(よかかえ)か五抱(いつかかえ)もある大樹(たいじゅ)の幾本となく提灯(ちょうちん)の火にうつる鼻先で、ぴたりと留まった。寒い町を通り抜けて、よくよく寒い所へ来たのである。遥(はるか)なる頭の上に見上げる空は、枝のために遮(さえぎ)られて、手の平(ひら)ほどの奥に料峭(りょうしょう)たる星の影がきらりと光を放った時、余は車を降りながら、元来どこへ寝るのだろうと考えた。
「これが加茂(かも)の森(もり)だ」と主人が云う。「加茂の森がわれわれの庭だ」と居士(こじ)が云う。大樹(たいじゅ)を繞(め)ぐって、逆(ぎゃく)に戻ると玄関に灯(ひ)が見える。なるほど家があるなと気がついた。
 玄関に待つ野明(のあき)さんは坊主頭(ぼうずあたま)である。台所から首を出した爺さんも坊主頭である。主人は哲学者である。居士は洪川和尚(こうせんおしょう)の会下(えか)である。そうして家は森の中にある。後(うしろ)は竹藪(たけやぶ)である。顫えながら飛び込んだ客は寒がりである。
 子規と来て、ぜんざいと京都を同じものと思ったのはもう十五六年の昔になる。夏の夜(よ)の月円(まる)きに乗じて、清水(きよみず)の堂を徘徊(はいかい)して、明(あきら)かならぬ夜(よる)の色をゆかしきもののように、遠く眼(まなこ)を微茫(びぼう)の底に放って、幾点の紅灯(こうとう)に夢のごとく柔(やわら)かなる空想を縦(ほしい)ままに酔(え)わしめたるは、制服の釦(ボタン)の真鍮(しんちゅう)と知りつつも、黄金(こがね)と強(し)いたる時代である。真鍮は真鍮と悟ったとき、われらは制服を捨てて赤裸(まるはだか)のまま世の中へ飛び出した。子規は血を嘔(は)いて新聞屋となる、余は尻を端折(はしょ)って西国(さいこく)へ出奔(しゅっぽん)する。御互の世は御互に物騒(ぶっそう)になった。物騒の極(きょく)子規はとうとう骨になった。その骨も今は腐れつつある。子規の骨が腐れつつある今日(こんにち)に至って、よもや、漱石が教師をやめて新聞屋になろうとは思わなかったろう。漱石が教師をやめて、寒い京都へ遊びに来たと聞いたら、円山(まるやま)へ登った時を思い出しはせぬかと云うだろう。新聞屋になって、糺(ただす)の森(もり)の奥に、哲学者と、禅居士(ぜんこじ)と、若い坊主頭と、古い坊主頭と、いっしょに、ひっそり閑(かん)と暮しておると聞いたら、それはと驚くだろう。やっぱり気取っているんだと冷笑するかも知れぬ。子規は冷笑が好きな男であった。
 若い坊さんが「御湯に御這入(おはい)り」と云う。主人と居士は余が顫(ふる)えているのを見兼て「公(こう)、まず這入れ」と云う。加茂(かも)の水の透(す)き徹(とお)るなかに全身を浸(つ)けたときは歯の根が合わぬくらいであった。湯に入(い)って顫えたものは古往今来(こおうこんらい)たくさんあるまいと思う。湯から出たら「公まず眠(ねぶ)れ」と云う。若い坊さんが厚い蒲団(ふとん)を十二畳の部屋に担(かつ)ぎ込(こ)む。「郡内(ぐんない)か」と聞いたら「太織(ふとおり)だ」と答えた。「公のために新調したのだ」と説明がある上は安心して、わがものと心得て、差支(さしつかえ)なしと考えた故、御免(ごめん)を蒙(こうぶ)って寝る。
 寝心地はすこぶる嬉(うれ)しかったが、上に掛ける二枚も、下へ敷く二枚も、ことごとく蒲団なので肩のあたりへ糺の森の風がひやりひやりと吹いて来る。車に寒く、湯に寒く、果(はて)は蒲団にまで寒かったのは心得ぬ。京都では袖(そで)のある夜着(よぎ)はつくらぬものの由を主人から承(うけたまわ)って、京都はよくよく人を寒がらせる所だと思う。
 真夜中頃に、枕頭(まくらもと)の違棚(ちがいだな)に据(す)えてある、四角の紫檀製(したんせい)の枠(わく)に嵌(は)め込(こ)まれた十八世紀の置時計が、チーンと銀椀(ぎんわん)を象牙(ぞうげ)の箸(はし)で打つような音を立てて鳴った。夢のうちにこの響を聞いて、はっと眼を醒(さ)ましたら、時計はとくに鳴(な)りやんだが、頭のなかはまだ鳴っている。しかもその鳴りかたが、しだいに細く、しだいに遠く、しだいに濃(こまや)かに、耳から、耳の奥へ、耳の奥から、脳のなかへ、脳のなかから、心の底へ浸(し)み渡(わた)って、心の底から、心のつながるところで、しかも心の尾(つ)いて行く事のできぬ、遐(はる)かなる国へ抜け出して行くように思われた。この涼しき鈴(りん)の音(ね)が、わが肉体を貫(つらぬ)いて、わが心を透(すか)して無限の幽境に赴(おもむ)くからは、身も魂も氷盤のごとく清く、雪甌(せつおう)のごとく冷(ひやや)かでなくてはならぬ。太織の夜具のなかなる余はいよいよ寒かった。
 暁(あかつき)は高い欅(けやき)の梢(こずえ)に鳴く烏(からす)で再度の夢を破られた。この烏はかあとは鳴かぬ。きゃけえ、くうと曲折して鳴く。単純なる烏ではない。への字烏、くの字烏である。加茂(かも)の明神(みょうじん)がかく鳴かしめて、うき我れをいとど寒がらしめ玉うの神意かも知れぬ。
 かくして太織の蒲団を離れたる余は、顫えつつ窓を開けば、依稀(いき)たる細雨(さいう)は、濃かに糺の森を罩(こ)めて、糺の森はわが家(や)を遶(めぐ)りて、わが家の寂然(せきぜん)たる十二畳は、われを封じて、余は幾重(いくえ)ともなく寒いものに取り囲まれていた。
  春寒(はるさむ)の社頭に鶴を夢みけり


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