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草枕 八(2)
日期:2021-02-22 23:38  点击:358

「ははあ、洋画か。すると、あの久一(きゅういち)さんのやられるようなものかな。あれは、わしこの間始めて見たが、随分奇麗にかけたのう」
「いえ、詰らんものです」と若い男がこの時ようやく口を開いた。
「御前何ぞ和尚さんに見ていただいたか」と老人が若い男に聞く。言葉から云うても、様子から云うても、どうも親類らしい。
「なあに、見ていただいたんじゃないですが、鏡(かがみ)が池(いけ)で写生しているところを和尚さんに見つかったのです」
「ふん、そうか――さあ御茶が注(つ)げたから、一杯」と老人は茶碗を各自(めいめい)の前に置く。茶の量は三四滴に過ぎぬが、茶碗はすこぶる大きい。生壁色(なまかべいろ)の地へ、焦(こ)げた丹(たん)と、薄い黄(き)で、絵だか、模様だか、鬼の面の模様になりかかったところか、ちょっと見当のつかないものが、べたに描(か)いてある。
「杢兵衛(もくべえ)です」と老人が簡単に説明した。
「これは面白い」と余も簡単に賞(ほ)めた。
「杢兵衛はどうも偽物(にせもの)が多くて、――その糸底(いとぞこ)を見て御覧なさい。銘(めい)があるから」と云う。
 取り上げて、障子(しょうじ)の方へ向けて見る。障子には植木鉢の葉蘭(はらん)の影が暖かそうに写っている。首を曲(ま)げて、覗(のぞ)き込むと、杢(もく)の字が小さく見える。銘は観賞の上において、さのみ大切のものとは思わないが、好事者(こうずしゃ)はよほどこれが気にかかるそうだ。茶碗を下へ置かないで、そのまま口へつけた。濃く甘(あま)く、湯加減(ゆかげん)に出た、重い露を、舌の先へ一しずくずつ落して味(あじわ)って見るのは閑人適意(かんじんてきい)の韻事(いんじ)である。普通の人は茶を飲むものと心得ているが、あれは間違だ。舌頭(ぜっとう)へぽたりと載(の)せて、清いものが四方へ散れば咽喉(のど)へ下(くだ)るべき液はほとんどない。ただ馥郁(ふくいく)たる匂(におい)が食道から胃のなかへ沁(し)み渡るのみである。歯を用いるは卑(いや)しい。水はあまりに軽い。玉露(ぎょくろ)に至っては濃(こまや)かなる事、淡水(たんすい)の境(きょう)を脱して、顎(あご)を疲らすほどの硬(かた)さを知らず。結構な飲料である。眠られぬと訴うるものあらば、眠らぬも、茶を用いよと勧めたい。
 老人はいつの間にやら、青玉(せいぎょく)の菓子皿を出した。大きな塊(かたまり)を、かくまで薄く、かくまで規則正しく、刳(く)りぬいた匠人(しょうじん)の手際(てぎわ)は驚ろくべきものと思う。すかして見ると春の日影は一面に射(さ)し込んで、射し込んだまま、逃(の)がれ出(い)ずる路(みち)を失ったような感じである。中には何も盛らぬがいい。
「御客さんが、青磁(せいじ)を賞(ほ)められたから、今日はちとばかり見せようと思うて、出して置きました」


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