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草枕 十一(4)
日期:2021-02-23 04:32  点击:274

「なるほどそれもそうじゃろ。わしも達磨(だるま)()ぐらいはこれで、かくがの。そら、ここに掛けてある、この(じく)は先代がかかれたのじゃが、なかなかようかいとる」
 なるほど達磨の画が小さい(とこ)に掛っている。しかし画としてはすこぶるまずいものだ。ただ俗気(ぞっき)がない。(せつ)(おお)おうと(つと)めているところが一つもない。無邪気な画だ。この先代もやはりこの画のような構わない人であったんだろう。
「無邪気な画ですね」
「わしらのかく画はそれで沢山じゃ。気象(きしょう)さえあらわれておれば……」
「上手で俗気があるのより、いいです」
「ははははまあ、そうでも、()めて置いてもらおう。時に近頃は画工にも博士があるかの」
「画工の博士はありませんよ」
「あ、そうか。この間、何でも博士に一人()うた」
「へええ」
「博士と云うとえらいものじゃろな」
「ええ。えらいんでしょう」
「画工にも博士がありそうなものじゃがな。なぜ無いだろう」
「そういえば、和尚さんの方にも博士がなけりゃならないでしょう」
「ハハハハまあ、そんなものかな。――何とか云う人じゃったて、この間逢うた人は――どこぞに名刺があるはずだが……」
「どこで御逢いです、東京ですか」
「いやここで、東京へは、も二十年も出ん。近頃は電車とか云うものが出来たそうじゃが、ちょっと乗って見たいような気がする」
「つまらんものですよ。やかましくって」
「そうかな。蜀犬(しょっけん)日に()え、呉牛(ごぎゅう)月に(あえ)ぐと云うから、わしのような田舎者(いなかもの)は、かえって困るかも知れんてのう」
「困りゃしませんがね。つまらんですよ」
「そうかな」
 鉄瓶(てつびん)の口から煙が(さかん)に出る。和尚(おしょう)茶箪笥(ちゃだんす)から茶器を取り出して、茶を()いでくれる。
「番茶を一つ御上(おあが)り。志保田の隠居さんのような(うま)い茶じゃない」
「いえ結構です」
「あなたは、そうやって、方々あるくように見受けるがやはり()をかくためかの」
「ええ。道具だけは持ってあるきますが、画はかかないでも構わないんです」
「はあ、それじゃ遊び半分かの」
「そうですね。そう云っても()いでしょう。()勘定(かんじょう)をされるのが、いやですからね」
 さすがの禅僧も、この語だけは()しかねたと見える。
「屁の勘定た何かな」
「東京に永くいると屁の勘定をされますよ」
「どうして」
「ハハハハハ勘定だけならいいですが。人の屁を分析して、(しり)の穴が三角だの、四角だのって余計な事をやりますよ」
「はあ、やはり衛生の方かな」
「衛生じゃありません。探偵(たんてい)の方です」
「探偵? なるほど、それじゃ警察じゃの。いったい警察の、巡査のて、何の役に立つかの。なけりゃならんかいの」
「そうですね、画工(えかき)には()りませんね」


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