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草枕 十三(3)
日期:2021-03-09 23:54  点击:250

「わたしもかきたいのだが。どうも、あなたの顔はそれだけじゃ()にならない」
御挨拶(ごあいさつ)です事。それじゃ、どうすれば画になるんです」
「なに今でも画に出来ますがね。ただ少し足りないところがある。それが出ないところをかくと、惜しいですよ」
「足りないたって、持って生れた顔だから仕方がありませんわ」
「持って生れた顔はいろいろになるものです」
「自分の勝手にですか」
「ええ」
「女だと思って、人をたんと馬鹿になさい」
「あなたが女だから、そんな馬鹿を云うのですよ」
「それじゃ、あなたの顔をいろいろにして見せてちょうだい」
「これほど毎日いろいろになってればたくさんだ」
 女は黙って(むこう)をむく。川縁(かわべり)はいつか、水とすれすれに低く着いて、見渡す田のもは、一面(いちめん)のげんげんで(うずま)っている。(あざ)やかな(べに)滴々(てきてき)が、いつの雨に流されてか、半分()けた花の海は(かすみ)のなかに(はて)しなく広がって、見上げる半空(はんくう)には(そうこう)たる一(ぽう)半腹(はんぷく)から(ほの)かに春の雲を吐いている。
「あの山の向うを、あなたは越していらしった」と女が白い手を(ふなばた)から外へ出して、夢のような春の山を()す。
天狗岩(てんぐいわ)はあの辺ですか」
「あの(みどり)の濃い下の、紫に見える所がありましょう」
「あの日影の所ですか」
「日影ですかしら。禿()げてるんでしょう」
「なあに(くぼ)んでるんですよ。禿げていりゃ、もっと茶に見えます」
「そうでしょうか。ともかく、あの裏あたりになるそうです」
「そうすると、七曲(ななまが)りはもう少し左りになりますね」
「七曲りは、向うへ、ずっと()れます。あの山のまた一つ先きの山ですよ」
「なるほどそうだった。しかし見当から云うと、あのうすい雲が(かか)ってるあたりでしょう」
「ええ、方角はあの(へん)です」
 居眠をしていた老人は、(こべり)から、(ひじ)を落して、ほいと眼をさます。
「まだ着かんかな」


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