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草枕 十三(5)
日期:2021-03-09 23:55  点击:304

 停車場(ステーション)前の茶店に腰を下ろして、蓬餅(よもぎもち)(なが)めながら汽車論を考えた。これは写生帖へかく訳にも行かず、人に話す必要もないから、だまって、餅を食いながら茶を飲む。
 向うの床几(しょうぎ)には二人かけている。等しく草鞋穿(わらじば)きで、一人は赤毛布(あかげっと)、一人は千草色(ちくさいろ)股引(ももひき)膝頭(ひざがしら)継布(つぎ)をあてて、継布のあたった所を手で抑えている。
「やっぱり駄目かね」
「駄目さあ」
「牛のように胃袋が二つあると、いいなあ」
「二つあれば申し分はなえさ、一つが()るくなりゃ、切ってしまえば済むから」
 この田舎者(いなかもの)は胃病と見える。彼らは満洲の野に吹く風の(にお)いも知らぬ。現代文明の(へい)をも見認(みと)めぬ。革命とはいかなるものか、文字さえ聞いた事もあるまい。あるいは自己の胃袋が一つあるか二つあるかそれすら弁じ得んだろう。余は写生帖を出して、二人の姿を()き取った。
 じゃらんじゃらんと号鈴(ベル)が鳴る。切符(きっぷ)はすでに買うてある。
「さあ、行きましょ」と那美さんが立つ。
「どうれ」と老人も立つ。一行は(そろ)って改札場(かいさつば)を通り抜けて、プラットフォームへ出る。号鈴(ベル)がしきりに鳴る。
 (ごう)と音がして、白く光る鉄路の上を、文明の長蛇(ちょうだ)蜿蜒(のたくっ)て来る。文明の長蛇は口から黒い煙を吐く。
「いよいよ御別かれか」と老人が云う。
「それでは御機嫌(ごきげん)よう」と久一さんが頭を下げる。
「死んで御出(おい)で」と那美さんが再び云う。
「荷物は来たかい」と兄さんが聞く。


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06/09 19:25