日语学习网
虞美人草 六 (5)
日期:2021-03-29 23:50  点击:259
「それから、まだ書いてあるんですよ」
無精(ぶしょう)に似合わない事ね。何と」
隣家(となり)の琴は御前より(うま)いって」
「ホホホ一さんに琴の批評は出来そうもありませんね」
「私にあてつけたんでしょう。琴がまずいから」
「ハハハハ宗近君もだいぶ人の悪い事をしますね」
「しかも、御前より別嬪(べっぴん)だと書いてあるんです。にくらしいわね」
「一さんは何でも露骨なんですよ。私なんぞも一さんに()っちゃ(かな)わない」
「でも、あなたの事は()めてありますよ」
「おや、何と」
「御前より別嬪(べっぴん)だ、しかし藤尾さんより悪いって」
「まあ、いやだ事」
 藤尾は得意と軽侮の念を(まじ)えたる眼を輝かして、すらりと首を(うし)ろに引く。(たてがみ)に比すべきものの波を起すばかりに見えたるなかに、玉虫貝の(すみれ)のみが星のごとく可憐(かれん)の光を放つ。
 小野さんの眼と藤尾の眼はこの時再び合った。糸子には意味が通ぜぬ。
「小野さん三条(さんじょう)蔦屋(つたや)と云う宿屋がござんすか」
 底知れぬ黒き眼のなかに我を忘れて、(すが)る未来に全く吸い込まれたる人は、刹那(せつな)戸板返(といたがえ)しにずどんと過去へ落ちた。
 追い懸けて来る過去を()がるるは雲紫(くもむらさき)に立ち(のぼ)袖香炉(そでこうろ)(けぶ)る影に、縹緲(ひょうびょう)の楽しみをこれぞと見極(みきわ)むるひまもなく、(むさ)ぼると云う名さえつけがたき、眼と眼のひたと行き逢いたる一拶(いっさつ)に、結ばぬ夢は()めて、(さか)まに、われは過去に向って投げ返される。草間蛇(そうかんだ)あり、容易に(せい)を踏む事を許さずとある。
蔦屋(つたや)がどうかしたの」と藤尾は糸子に向う。
「なにその蔦屋にね、欽吾さんと兄さんが宿(とま)ってるんですって。だから、どんな(とこ)かと思って、小野さんに伺って見たんです」
「小野さん知っていらしって」


分享到:

顶部
06/10 13:08