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虞美人草 十二 (20)
日期:2021-04-17 23:58  点击:336

「御無沙汰(ごぶさた)をしました」とすぐ言訳を添える。
「いいえ」と女は遮(さえぎ)った。ただしそれぎりである。
 男は出鼻を挫(くじ)かれた気持で、どこから出直そうかと考える。座敷は例のごとく静である。
「だいぶ暖(あった)かになりました」
「ええ」
 座敷のなかにこの二句を点じただけで、後(あと)は故(もと)のごとく静になる。ところへ鯉(こい)がぽちゃりとまた跳(はね)る。池は東側で、小野さんの背中に当る。小野さんはちょっと振り向いて鯉がと云おうとして、女の方を見ると、相手の眼は南側の辛夷(こぶし)に注(つ)いている。――壺(つぼ)のごとく長い弁(はなびら)から、濃い紫(むらさき)が春を追うて抜け出した後は、残骸(なきがら)に空(むな)しき茶の汚染(しみ)を皺立(しわだ)てて、あるものはぽきりと絶えた萼(うてな)のみあらわである。
 鯉がと云おうとした小野さんはまた廃(や)めた。女の顔は前よりも寄りつけない。――女は御無沙汰をした男から、御無沙汰をした訳を云わせる気で、ただいいえと受けた。男は仕損(しま)ったと心得て、だいぶ暖(あったか)になりましたと気を換えて見たが、それでも験(げん)が見えぬので、鯉がの方へ移ろうとしたのである。男は踏み留(とど)まれるところまで滑(すべ)って行く気で、気を揉(も)んでいるのに、女は依然として故の所に坐って動かない。知らぬ小野さんはまた考えなければならぬ。
 四五日来なかったのが気に入らないなら、どうでもなる。昨夕(ゆうべ)博覧会で見つかったなら少し面倒である。それにしても弁解の道はいくらでもつく。しかし藤尾がはたして自分と小夜子を、ぞろぞろ動く黒い影の絶間なく入れ代るうちで認めたろうか。認められたらそれまでである。認められないのに、こちらから思い切って持ち出すのは、肌を脱いで汚(むさ)い腫物(しゅもつ)を知らぬ人の鼻の前(さき)に臭(にお)わせると同じ事になる。


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