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虞美人草 十五 (15)
日期:2021-05-05 23:14  点击:326
(おっ)かさん、藤尾は承知なんでしょうね」
「無論知っているよ。なぜ」
 甲野さんは、やはり遠方を見ている。やがて(またたき)を一つすると共に、眼は急に近くなった。
「宗近はいけないんですか」と聞く。
(はじめ)かい。本来なら一が一番好いんだけれども。――(おとっ)さんと宗近とは、ああ云う間柄ではあるしね」
「約束でもありゃしなかったですか」
「約束と云うほどの事はなかったよ」
「何だか(おとっ)さんが時計をやるとか云った事があるように覚えていますが」
「時計?」と母は首を(かた)げた。
「父さんの金時計です。柘榴石(ガーネット)の着いている」
「ああ、そうそう。そんな事が有ったようだね」と母は思い出したごとくに云う。
(はじめ)はまだ(あて)にしているようです」
「そうかい」と云ったぎり母は澄ましている。
「約束があるならやらなくっちゃ悪い。義理が欠ける」
「時計は今藤尾が(あずか)っているから、(わたし)から、よく、そう云って置こう」
「時計もだが、藤尾の事を(おも)に云ってるんです」
「だって藤尾をやろうと云う約束はまるで無いんだよ」
「そうですか。――それじゃ、好いでしょう」
「そう云うと私が何だか御前の気に(さから)うようで悪いけれども、――そんな約束はまるで(おぼえ)がないんだもの」
「はああ。じゃ無いんでしょう」
「そりゃね。約束があっても無くっても、一ならやっても好いんだが、あれも外交官の試験がまだ済まないんだから勉強中に嫁でもあるまいし」
「そりゃ、構わないです」
「それに一は長男だから、どうしても宗近の家を()がなくっちゃならずね」
「藤尾へは養子をするつもりなんですか」
「したくはないが、御前が(おっ)かさんの云う事を聞いておくれでないから……」
「藤尾がわきへ行くにしても、財産は藤尾にやります」


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