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虞美人草 十七 (12)
日期:2021-05-25 23:52  点击:290

 入口の扉に口を着けたようにホホホホと高く笑ったものがある。足音は日本間の方へ()けながら遠退(とおの)いて行く。二人は顔を見合わした。
「藤尾だ」と甲野さんが云う。
「そうか」と宗近君がまた答えた。
 あとは静かになる。机の上の置時計がきちきちと鳴る。
「金時計も()せ」
「うん。廃そう」
 甲野さんは首を壁に向けたまま、宗近君は腕を(こまぬ)いたまま、――時計はきちきちと鳴る。日本間の方で大勢が一度に笑った。
「宗近さん」と欽吾(きんご)はまた首を向け直した。「藤尾に嫌われたよ。黙ってる方がいい」
「うん黙っている」
「藤尾には君のような人格は解らない。浅墓(あさはか)()(かえ)りものだ。小野にやってしまえ」
「この通り頭ができた」
 宗近君は節太(ふしぶと)の手を胸から抜いて、()(たて)の頭の天辺(てっぺん)をとんと敲いた。
 甲野さんは眼尻に笑の波を、あるか、なきかに寄せて重々(おもおも)しく首肯(うなず)いた。あとから云う。
「頭ができれば、藤尾なんぞは()らないだろう」
 宗近君は軽くうふんと云ったのみである。
「それでようやく安心した」と甲野さんは、くつろいだ片足を上げて、残る膝頭(ひざがしら)の上へ()せる。宗近君は巻煙草を(くゆ)らし始めた。吹く煙のなかから、
「これからだ」と独語(ひとりごと)のように云う。
「これからだ。僕もこれからだ」と甲野さんも独語のように答えた。
「君もこれからか。どうこれからなんだ」と宗近君は煙草の(けむ)を押し開いて、元気づいた顔を近寄(ちかよせ)た。
「本来の無一物から出直すんだからこれからさ」
 指の股に敷島(しきしま)を挟んだまま、持って行く口のある事さえ忘れて、呆気(あっけ)に取られた宗近君は、


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