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恶灵(16)
日期:2021-08-19 20:34  点击:300

 熊浦氏の容貌風采は、変り者の多い会員の中でも殊更(ことさら)に異様だ。氏はいつも色のさめた、併し手入れの行届いた折目正しいモーニングを着用して、夏でも白い手袋をはめて、よく光った靴を穿いて、骸骨(がいこつ)の握りのついたステッキをついて、少しびっこを引きながらやって来る。カラーは古風な折目のない固いのを使用しているが、そのカラーの上に一団の毛髪の(かたま)りが乗っかっている様に見える。熊浦氏はそれ程毛深いのだ。頭は三寸程も伸びた毛をモジャモジャと縮らせ、ピンとはねた口髭、三角型に刈込んだ顎髯(あごひげ)、それがずっと目の下まで密生して、顔の肌を(うず)め尽している。その毛塊(もうかい)の真中に鼈甲縁(べっこうぶち)の近眼鏡がある。それが園田学士以上に強度のものだ。
 熊浦氏は会合に出ると、光線が怖いという様に、いつも電燈から最も遠い椅子を選ぶ癖がある。今日もその為に(わざ)と残してあった隅っこの椅子に一人離れて腰かけて、暫く黙って一同の会話を聞いていたが、突然太い嗄声(しわがれごえ)で喋り出した。
「どうも、今度の、犯罪は、この心霊研究会に、深い因縁があり相だわい。臭い。わしにはその(におい)が、プンと来る様な気がする。霊魂不滅を、信仰して、あの世の魂と、遊んでいると、生命(いのち)なんて、三文の、値打もなくなるんだ。ウフフフフフ……、どうだい、槌野君、そうじゃ、ないか」
 熊浦氏は、ゆっくりゆっくり地の底からでも響いて来る様なザラザラした声で云うのだ。彼の積りではこれが一種の諧謔(かいぎゃく)らしいのだが、(とて)常談(じょうだん)などとは思えない重々しい喋り方だ。
 呼びかけられた一寸法師の槌野君は、彼の癖でパッと赤面して、広いおでこの下から、上眼使いに一座をキョロキョロ見廻して、居たたまらない、様子をした。彼は常談に応酬するすべを知らないのだ。
「実に、絶好の、実験だからね。心霊信者が、死ねば、すぐ様、霊界通信の、実験が、始められるのだからね。みんな、姉崎夫人のスピリットを、呼び出したくて、ウズウズして、いるんじゃ、ないかい」
 いつも実験の時の外は全く沈黙を守っている熊浦氏が、どうしてこんなにお喋りになったのかと不思議であった。何かよほど昂奮しているのに違いない。
「止し給え。つまらないことを」
 黒川先生が、不愉快で(たま)らないのをじっと我慢している様子で、作った笑顔でおっしゃった。
「これは、常談だ。だが、黒川君、今度は、真面目な、話だが、僕は、昨夜(ゆうべ)、非常に遅く、十二時頃だった。この裏の、八幡(はちまん)さまの、森の中を、歩いていて、あいつに出くわしたのだよ。二百三高地に、矢絣のお化けにさ」
 それを聞くと会員達は皆ハッとして話手の鬚面(ひげづら)を見たが、殊に黒川先生は顔色を変えてビクッと身動きされた。僕も真青(まっさお)になる程驚いていたに違いない。


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