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恶灵(18)
日期:2021-08-19 20:35  点击:250

「ホホ……、まるで刑事部屋みたいね。それともファイロ・ヴァンスの事務所ですか」
 突然美しい声が聞えたので、振向くと、ドアの前に二人の少女が手をつないで立っていた。一人は黒川博士のお嬢さん鞠子(まりこ)さん、もう一人は()っきから話題に上っていたミディアムの龍ちゃんだ。鞠子さんが現在の夫人の娘ではなくて、十年程前になくなられたという先夫人のお子さんであることは云うまでもない。この二人の少女は同年(おないどし)の十八歳で、殆どお揃いと云ってもいい不断着のワンピースに包まれていたが、その容貌の相違は、実に際立った対照を()していた。
 鞠子さんは髪を幼女の様なおかっぱにして、切下げた前髪が眉を隠さんばかりの下から、絶えず物を云っている大きな目が、パッチリ覗いて、すべっこい果物みたいな唇が、いつでも笑う用意をして、美しい歯並(はなみ)を隠している様な、非常に美しい人であるのに比べて、手を引かれている龍ちゃんの方は、両眼とも綴じつけられた様な盲目だし、その上ひどく縹緻(きりょう)が悪いのだ。色が黒くて、おでこで、鼻が平べったくて、頬が骨ばっていて、唇は蒲団(ふとん)を重ねた様に厚ぼったくて、それが異様に赤いのだ。彼女が笑うと印度人の様だ。若し目が()いていたら、その目も印度人の様に敏感で奥底が知れなかったことだろう。
 これで心霊研究会の会員がすっかり揃った。時によって飛入りの来会者はあるけれど、常連は今この部屋に集った五人の男と二人の女と一人の霊媒、合せて八人のささやかな会合なのだ。前月までの例会には、それに姉崎未亡人が加わって、女性会員は三人であったのだが。
「龍ちゃん、今夜気分はどう?」
 黒川夫人が、いたわる様に盲目の少女に呼びかけなすった。
「分らないわ」
 龍ちゃんは十歳の少女の様にあどけなく、ニヤニヤと笑って、空中に答えた。
「いいらしいのよ。さっきから御機嫌なんですもの」
 鞠子さんが(そば)からつけ加えた。この娘さんはお父さんには勿論、(まま)しいお母さんにでも、まるでお友達の様な口を利くのだ。
「では、あちらの部屋へ行きましょう」
 黒川先生は立上って、先に立って書斎のドアをお開きなすった。一同は、そのあとから足音を盗む様にして、もう緊張した気持になりながら、実験場の設備をした先生の書斎へ入って行った。だが、それから間もなく、霊媒の口からあんな恐ろしい言葉を聞こうとは、そして、会員の一人残らずが、まるで金縛りの様な身動きもならぬ窮地に陥ろうとは、誰が想像し得ただろう。
 君は恐らく降霊会というものに出席した経験がないであろうが、それは一般に軽蔑されている程つまらないものではない。暗闇の中で、幾人かの人間が死の様に静まり返って、どこからともなく聞えて来る幽冥界(ゆうめいかい)の声を聞く時、或は朦朧(もうろう)と現われ(きた)るエクト・プラスムのこの世のものならぬ放射光を目にする時、人は名状し難き歓喜を味うのだ。如何なる科学者も、唯物論者(ゆいぶつろんしゃ)も、一度この不可思議な声を聞き、光を見たならば、彼等の科学を裏切って、冥界の信者とならないではいられぬのだ。
 アルフレッド・ラッセル・オレース、ウィリアム・ジェームス、ウィリアム・クルックスの様な純正科学者をさえ冥界の信者たらしめた力が何であったかを考えて見なければならない。奇術師的な降霊トリックの如きものと混同してはいけない。あれは霊界交通の外道(げどう)に過ぎないのだ。そんな子供だましのトリックが、トリックの専門家である探偵小説家を――コナン・ドイルを(あざむ)き得たとは考えられないではないか。


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