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恶灵(20)
日期:2021-08-19 20:36  点击:320

「そうです。わたし、執念深い魂の悪だくみをお知らせしたいのです。……その魂が、一所懸命にわたしの口を押えようとして、もがいているのですけれど、わたしはそれを押しのけて、お知らせするのです」
 言葉がとぎれると、暗闇と静寂とが、一層圧迫的に感じられる。誰も物を云わなかった。何かしら恐ろしい予感に(おびや)かされて、手を握りしめる様にして、おし黙っていた。
「一人美しい人が死にました。そして、又一人美しい人が死ぬのです」
 ギョッとする様なことを、少しも抑揚(よくよう)のない無表情な声が云った。
「あなたは、姉崎曽恵子さんのことを云っているのですか。そして、もう一人の美しい人というのは誰です」
 黒川先生が、(あわただ)しく聞返された。先生のお声はひどく震えていた。
「わたしの前に腰かけている、美しい人です」
 余りに意外な言葉であったものだから、咄嗟(とっさ)にはその意味を掴むことが出来なかった。だが、考えて見ると「織江さん」が、私の前というのは現実のこの部屋のことに違いない。霊媒の龍ちゃんの正面に腰かけている人という意味に違いない。
「止して下さい。もうこんな薄気味の悪い実験なんぞ。どなたか、電気をつけて下さいまし」
 突然、耐りかねた黒川夫人が、上ずった声で叫びなすった。無理ではない。今霊魂が喋ったのは、黙って聞いているのには、余りに恐ろし過ぎる事柄であったのだから。この席で「美しい人」と云えばさしずめ鞠子さんだ。でないとしたら、黒川夫人の外には、そんな風に呼ばれる人物はない。いずれにしても、夫人の身としては、黙って聞いてはいられなかったに違いない。
「イヤ、お待ちなさい。奥さん。これは、非常に、重大な予言らしい。我慢して、も少し聞いて、見ましょう」
 熊浦氏の特徴のある吃り声が制した。
「むごたらしい殺し方も、そっくりです。二人とも、同じ人の手にかかって死ぬのです」
 無表情な声が、又聞え始めた。滑稽(こっけい)な程ぶッきらぼうで、冷酷な調子だ。
「同じ人? 同じ人とは、一体、誰のことだ。あんたは、それを、知っているのか」
 熊浦氏がいつの間にか、黒川先生に代って、聞き役になっていた。彼のは魂の声を導き出すというよりは、まるで裁判官の訊問みたいな口調であった。
「知っています。その人も、今私の前にいるのです」
「この部屋にいると、云うのですか。我々の中に、その、下手人(げしゅにん)が、いるとでも、云うのですか」
「ハイ、そうです。殺す人も、殺される人も」
「誰です、誰です、それは」
 そこでパッタリと問答が途絶えた。「織江さん」はこの大切な質問には、急に答えることが出来なかった。問う方でも、それ以上せき立てるのが躊躇(ちゅうちょ)された。魂は七人の会員の内の誰かが殺されると云うのだ。しかも、その下手人も会員の一人だと明言しているのだ。
 それから、あの恐ろしい出来事が起るまで、ほんの数十秒の間が、どんなに長く感じられたことだろう。じっと息を殺していると、余りの静けさに、僕はその広い闇の中に、たった一人取残されている様な、妙な気持になって行った。目の前に赤や青や紫の、非常に鮮かな煙の輪の様なものが、モヤモヤと浮上って、それが、見る見る、血の縞に、あの姉崎夫人の白い肉塊を縦横に(いろど)っていた、むごたらしい血の縞に変って行った。
 ふと気がつくと、闇の中に何かしら動いているものがあった。ぼんやりと白い人の姿だ。龍ちゃんがソファから立上ってソロソロと歩き出している様に思われた。


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