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恐怖王-死骸盗賊(1)
日期:2021-08-26 23:57  点击:300

恐怖王

江戸川乱歩

 

死骸盗賊


 一台の金ピカ葬儀自動車が、どこへという当てもないらしく、東京市中を、グルグルと走り廻っていた。
 車内には、よく見ると、(たしか)に白布で覆った寝棺(ねかん)がのせてある。棺の中に死人が入っているのかどうかは分らぬけれど、棺をのせた葬儀車が、附添いの自動車もなく、ただグルグルと町から町へ走り廻っているというのは如何(いか)にも変だ。
 葬式に(やと)われた帰りでもないらしい。と云って、これから傭われて行くにしては、時間が変だ。長い春の日が、もう(くれ)るに間もないのだから。
 陽気のせいで運転手が気でも違ったのか。それとも、ガレージの所在を忘れでもしたのか。実に異様な葬儀車だが、誰一人そのあとをつけ廻している訳ではないから、別に怪しまれることもなく、いつまでもグルグル、グルグル走り廻っているのだ。
 やがて、町々の街燈の光が、段々その明るさを増し、空に星が(まばた)き始める頃、まるで日が暮れ切るのを待ってでもいた様に、気違い葬儀車は、牛込(うしごめ)矢来(やらい)に近い、非常に淋しい屋敷町(やしきまち)の真中で、ピッタリと停車した。
 車が止って、ヘッドライトが消されると、それが合図であったのか、軒燈(けんとう)もない真暗な、非常に古風な棟門(むねもん)が、ギイと開いて、門にはそぐわぬ一人の洋服男が、影の様に姿を現わした。
「うまく行ったか」
 非常に低い(ささや)き声だ。
「うまく行きました。だが、葬式の四時から今まで、人に怪しまれぬ様に、グルグル走り廻っているのは、大抵(たいてい)じゃありませんぜ」
 葬儀車の運転手は、運転台を降りながら、まるで泥棒の手下(てした)みたいな口を()いた。
「ウフフフフフ、ご苦労ご苦労。で、仏様は確かにのっかっているんだろうね」
「それや大丈夫。奴等(やつら)、まさか金ピカ自動車が二台も来ようとは知らぬものだから、まんまと思う(つぼ)にはまりましたぜ。いまごろは空っぽの(にせ)の棺が、焼場の(かまど)でクスクス燃えてることでしょうよ」
 話の様子では、どうやら彼は、葬儀場から、誰かの死骸を盗み出して来たものらしい。本物の葬儀車には空の棺を、こちらへは死骸の入った棺を、何かのトリックでうまくスリ替て、誰にも怪しまれず、ここまで運んで来たのであろう。


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