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恐怖王-恐怖的纹身(2)
日期:2021-08-29 23:51  点击:244

「オヤ、何だか、この傷痕は、字の恰好(かっこう)をしているぜ。ホラね、上のは『(おそれ)』という字だ。それから『怖』『王』。『恐怖王』だ。『恐怖王』だ」
 一人の刑事が叫んだ。
 如何(いか)にも、よく見ると、その傷痕は「恐怖王」と読まれた。まさか死体糜爛(びらん)のあとが、偶然この様な形を現わした訳ではあるまい。賊が故意に短刀か何かで死体を(きずつ)けて、この恐ろしい文身を刻みつけて置いたものに相違ない。
 何の為に?
 俄かに断定を下すことは出来ぬけれど、文字の意味から想像して、これは恐らく賊の自己紹介ではなかろうか。誰しもそこへ気がついた。そして、その推察は適中していたのだ。
 それにしても、何というむごたらしい賊の思いつきであったろう。彼は美しい娘さんの身体をズタズタに斬りきざんで、奇怪千万な人肉名刺を印刷して行ったのだ。
 新聞紙の殆ど一(ページ)を費した激情的な報道によって、この前代未聞の怪事件は、全国に知れ渡り、人々に絶好の話題を提供した。
 賊はなぜそんな残酷な人殺しをしなければならなかったのか。仮装情死の目的は一体何であったか。死美人の背中に傷つけられた「恐怖王」とは抑々(そもそも)何者であるか、あの写真を見ても胸の悪くなるゴリラ男は、一体人間なのか、それとも人間によく似た獣物(けだもの)ではないのか。
 人々は声を低めて、これらの恐ろしき疑問を囁き(かわ)した。
 賊は大胆不敵にも人肉名刺によって名乗りを上げている。その上、同類ゴリラ男の写真まで、これ見よがしに見せびらかしている。しかも不思議なことに、警察のあらゆる努力にも(かかわ)らず、賊の所在(ありか)は勿論、その素姓も、殺人の動機も一切合切(いっさいがっさい)不明であった。警視庁の名探偵達も、「こんな狐につままれた様な事件は初めてだ」と腕を(こまね)くばかりだ。
 ところが、賊の方では、何たる図太(ずぶと)さであろう、其筋(そのすじ)の捜査を手ぬるしと考えたか、実に奇々怪々の手段を(ろう)して、秘し隠しに隠すべき我が名を、「これを見よ、これでも君達は俺を(つかま)えることが出来ぬのか」と、繰返し繰返し市民の前に発表した。
 この賊、若し狂人でなかったなら、百年に一度、千万人に一人の、凶悪無残比類なき大悪党と云わねばならぬ。


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