窓の顔
賢吉君に鉄の小箱をあずけた五十男は、それから四―五日のちに、警察の病院で息をひきとりました。しらべてみると、この男は、船員あがりの宿なしで、家族もしんせきもない、ひとりぼっちの男とわかりましたので、警察の手で病院に入れて手あてをしたのですが、もともとからだが弱かったので、とうとう死んでしまったのでした。
さて、その男が死んだとなると、賢吉君は約束にしたがって、鉄の小箱を川へすてなければならないのですが、なにか大きな秘密がかくされているというその箱を、すててしまう気には、どうしてもなれません。そっとかくしておいて、じぶんでその秘密をさぐってみたいのです。それで、約束にはそむくけれども、しばらくすてないで、かくしておくことにしました。
その箱は長さ十五センチ、はば九センチ、厚さ六センチほどの、から草もようの彫刻のある黒い鉄の箱で、どこにもわれめがなく、どうしてひらくのか、すこしもわかりません。中にはなにがはいっているのか、ふってみてもなんの音もしないのです。
賢吉君は、その中にとほうもない宝ものでもはいっているようで、いそいで箱をこわすのが、おしいような気がしました。あとでゆっくりしらべることにして、どこかだれにも知られないような場所へ、かくさなければなりません。そこでいろいろ考えたすえ、庭のつき山の、てごろな石の下へかくすことにきめ、森の中の格闘のあった夜、みんなが寝しずまったころ、そっと部屋の窓からぬけだして、おもちゃのシャベルで石の下をほって、そこへ鉄の箱をうずめておいたのです。
男が病院で死んだという知らせをうけた晩にも、その石をあげてのぞいてみましたが、鉄の箱はちゃんとそこにありました。
しかし、賢吉君には、ひとつ心配なことがあったのです。森の中の格闘のあとで、うちに帰ったときうわぎのポケットに入れておいたナイフが、なくなっていたのです。
えんぴつをけずる小さなナイフですが、あのとき木のかげにかくれていて、格闘を見ているあいだにおもわずそのナイフを手に握っていたのです。べつにそれで、ヨタモノをきずつけようというわけではなく、ただ、ひとりでに手がそこへいってナイフを握りしめていたのです。そのときは、もとのポケットに入れておいたつもりでしたが、あわてていたので、うっかりおとしてしまったのかもしれません。
そのナイフは、外がわにシカのがはりつけてあるのですが、わるいことには、そのシカの角の表面に、じぶんの名がローマ字でK・MIYATAと、ほりつけてありました。
もし、あのナイフを悪ものにひろわれたら、賢吉君が鉄の箱をかくしていることを、さとられるかもしれません。それで、あくる日、昼の間に森の中へいって、そのへんをくまなくさがしたのですが、ナイフは、どこにもおちていませんでした。あのヨタモノが、あとからやって来て、ひろっていったのではないでしょうか。賢吉君には、それがただひとつの心配でした。
さて、男が病院で死んでから十五日ほどたった、ある晩のことです。
賢吉君は勉強部屋の机にむかって、学校の宿題をやっていました。もう夜の九時ごろでした。その日も、夕方だれも見ていないのをたしかめて、つき山の石の下をのぞき、鉄の箱がちゃんともとの場所にあることをたしかめておきました。そして、安心して、勉強していたのです。このぶんでは、ナイフをひろったのは悪ものではなさそうです。あれから半月もたつのに、賢吉君の身辺に、なにごともおこらないのですから、もうだいじょうぶという気がしていました。