怪物のゆくえ
賢吉君は、おもわず「ワーッ。」とさけんで、いすから立ちあがり、ドアの方へにげようとしましたがそのとき、頭がフラフラして、目の前がスーッと暗くなり、そのまま気をうしなって、たおれてしまいました。
「なんだか、いまへんな声がしたようだね。」
賢吉君のおとうさんが、おくの部屋から茶の間に出てきました。
「賢吉の部屋のようですわ。どうしたんでしょう。あなた、行って見てくださいませんか。」
おかあさんも心配そうな顔で立ちあがっていました。
「行ってみよう。戸田君も、いっしょにきたまえ。」
おとうさんは、廊下にいた書生の戸田君をつれて、賢吉少年の勉強部屋にいそぎました。
「賢ちゃん、今、なにかいったかい。」
ドアの外から声をかけてもなんの返事もありません。そして、部屋の中では、なにかゴトゴトと、みょうな音がしています。
「だれだっ、そこにいるのは?」
書生の戸田君が、どなって、ドアをひらこうとしましたが、中からかぎがかけてあることがわかりました。
「へんですね。賢ちゃんは、めったにかぎなんかかけたことがないのに。……おなじかぎが、もうひとつ茶の間にありましたね。ぼく取ってきます。」
戸田君は、そういってかけだしていきましたが、すぐにひきかえしてきて、そのかぎでドアをひらきました。
そして、ひと目部屋の中を見ると、ふたりは、おもわず「あっ。」と、声をたてないではいられませんでした。
賢吉少年が、たおれているばかりではありません。本箱や机のひきだしが、ぜんぶひきぬかれて、その中のものが、部屋いっぱいにちらかっていたからです。
おとうさんは、賢吉君のそばにかけよって抱きおこし、「賢ちゃん、賢ちゃん。」とよんで、そのからだをゆり動かしました。すると、賢吉君は、やっと気がついて、目をひらき、いきなりおとうさんのからだにしがみつきました。
「どうしたんだ。いったい、どうしたというんだ。」
おとうさんは、ちらばった部屋の中や、ひらいた窓を見て、ふしんらしくたずねました。
賢吉君は、おとうさんにしがみついたまま、そっと部屋の中を見まわしましたが、さっきのおそろしいやつは、もう、どこにもいないことがわかりました。
「窓から、おばけが、はいってきたのです。からだにウロコのはえた、牙のある、おそろしいやつです。ぼく、そいつに食われてしまうかと思った。きっと、窓から出ていったのです。まだ庭にいるかもしれない。」
賢吉君は、そういって、ガタガタふるえていました。
おとうさんは、そんな怪物がこの世にいるとは思いませんので、賢吉君がゆめかまぼろしでも見たのではないかと、うたがいましたが、それにしては、部屋の中がひっかきまわしたように、ちらかっているのがへんです。
おとうさんは、ひらいたガラス窓にかけよって、まっ暗な庭を見まわしました。しかし、庭にはなにもいるようすがありません。
「おやっ。」
おとうさんは、そのとき、窓のしきいに、おそろしいかききずが、できているのに気がつきました。それは大きな、するどい五本のツメで、ぐっとひっかいたような、なまなましいあとでした。
「おい、戸田君、このきずを見たまえ。なんだか動物のツメのあとのようじゃないか。」
「そうですね。けさまで、こんなあとはついていませんでした。ひょっとしたら、ほんとうに、あやしいやつが、はいってきたのかもしれませんね。」
書生の戸田君も、顔色をかえていました。
「よし、庭へ出てみよう。足あとがあるだろう。きみ、懐中電灯をもってきたまえ。」
賢吉君は、さっきから、そこへようすを見にきていた、おかあさんにしがみついて、ふるえていました。おとうさんと戸田君は、部屋を出て、庭のほうへまわっていきました。
ふたりが庭におりて、懐中電灯でしらべてみますと、土のやわらかいところに、じつにぞっとするような怪物の足あとが、のこっていることがわかりました。それは、するどいツメのある巨大な動物の足あととしか、かんがえられないようなものでした。
こういう証拠を見ては、もう、ほうっておくわけにはいきません。おとうさんは、すぐに警察へ電話をかけて、ことのしだいを知らせました。