おばけガニ
深い水の中ですから、パッと、とびつくことはできません。ふわりふわりと、泳ぐようにして、あいてにくみついたのです。
ダンダラぞめの怪人は、それを見ると、びっくりして、金塊の箱をすてて逃げだそうとしましたが、もうまにあいません。そこで、しまダイのような怪物と、西洋のよろいのおばけみたいな潜水夫との、おそろしい、とっくみあいが、はじまったのです。
外の部屋ほどではありませんが、その部屋にも、二十年のあいだの海のゴミがたまっていました。ふたりの格闘につれて、そのゴミがもやもやとたちのぼり、あたりは、まるで、煙につつまれたようになってしまいました。
ダンダラぞめの怪人は、逃げよう、逃げようとしているので、ふたりは、とっくみあいながら、いつのまにか、ドアの外に出て、それから甲板にのぼる鉄の階段の下まできていました。
そのへんには、コンブのような、大きな葉の海草が、たくさんはえています。逃げおくれた魚もおよいでいます。そのなかで、よろいのおばけと、ダンダラぞめとが、よこになったり、さかさまになったりして、とっくみあっているのです。陸上のけんかとちがって、海の底の格闘は、映画のスローモーションのように、のろのろした、じつにうす気味わるいものでした。
階段の下までくると、ダンダラぞめの怪人が、にわかに、いきおいよくなりました。そして、まるで魚のように、ピチピチとはねまわるものですから、潜水夫の、つかんでいた手が、すべって、はなれてしまいました。
すると、怪人は、足のさきについている、大きな水かきで、サーッと水をけって、みるみる階段の上へ浮きあがっていきました。潜水夫は重いナマリのついたくつをはいているのでとても、そのまねはできません。一だんずつ、階段をのぼっていくほかはないのです。ざんねんながら、とうとう敵を逃がしてしまいました。
潜水夫は、おおいそぎで、もとの船室にもどり、水中電灯をもって、甲板にあがりました。
すると、大洋丸の大きな船体から、すこしはなれた海底を、白い光がぐんぐんむこうの方へ動いているのが見えました。水中電灯です。怪人は水中電灯をもたないで逃げたのですから、それは怪人ではありません。いったい、なにものでしょう?
「ああ、わかった。ぼくの友だちが、あとからもぐってきたんだ。そして、怪人をみつけて追っかけているのだ。」
潜水夫は、そうおもったので、いそいで、そちらへ近づいていきました。さっき潜水カブトの中の電話で、ハヤブサ丸に「おうえんをたのむ。」と、よびかけておいたので、もうひとりの潜水夫が、もぐってきたのです。
怪人は電灯がないので、方角がわからなくなり、コンブ林の中で、まごまごしているうちに、ふたりの潜水夫に、はさみうちになってしまいました。怪物の目玉のような水中電灯が、右と左から、ぐんぐんせまってくるのです。
怪人はやっとのことで、コンブ林をぬけだし、ゴツゴツした岩ばかりの海底を逃げていきます。ふたりの潜水夫は、五メートルほどあとから、それを追っかけてくるのです。