地下室
お話かわって、地下室に投げこまれた小林君と緑ちゃんとは、まっくらやみの中で、しばらくは身動きをする勇気もなく、グッタリとしていましたが、やがて目が暗やみになれるにしたがって、うっすらとあたりのようすがわかってきました。それは畳六畳敷きほどの、ごくせまいコンクリートの穴ぐらでした。ふつうの住宅にこんなみょうな地下室があるはずはありませんから、インド人たちが、この洋館を買いいれて、悪事をはたらくために、こっそりこんなものをつくらせたのにちがいありません。壁や床のコンクリートも、気のせいか、まだかわいたばかりのように新しく感じられます。
小林君は、やっと元気をとりもどして、やみの中に立ちあがっていましたが、ただジメジメしたコンクリートのにおいがするばかりで、どこに一つすきまもなく、逃げだす見こみなど、まったくないことがわかりました。
思いだされるのは、いつか戸山ガ原の二十面相の巣くつに乗りこんでいって、地下室にとじこめられたときのことです。あのときは、天井につごうのよい窓がありました。そのうえ七つ道具や、ハトのピッポちゃんを用意していましたので、うまくのがれることができたのですが、こんどは、そんな窓もなく、まさか敵の巣くつにとらわれようとは、夢にも思いませんので、七つ道具の用意さえありません。こんなとき、万年筆型の懐中電燈でもあったらと思うのですが、それも持っていませんでした。
しかし、たとえ逃げだす見こみはなくとも、まんいちのばあいの用意に、からだの自由だけは得ておかねばなりません。
そこで、小林君は、緑ちゃんのそばへうしろ向きによこたわり、少しばかり動く手先を利用して、緑ちゃんのくくわれているなわの結びめをほどこうとしました。
暗やみの中の、不自由な手先だけの仕事ですから、その苦心は、ひととおりでなく、長い時をついやしましたけれど、それでもやっと、目的をはたして、緑ちゃんの両手を自由にすることができました。
すると、たった五つの幼児ですが、ひじょうにかしこい緑ちゃんは、すぐ、小林君の気持を察して、まず、自分のさるぐつわをはずしてから、泣きじゃくりながらも、小林君のうしろにまわり、手さぐりで、そのなわの結びめをといてくれるのでした。
それにも、また長いことかかりましたけれど、けっきょく、小林君も自由の身となり、さるぐつわをとって、ホッと息をつくことができました。
「緑ちゃん、ありがとう。かしこいねえ。泣くんじゃないよ。今にね、警察のおじさんが助けに来てくださるから、心配しなくてもいいんだよ。さあ、もっとこっちへいらっしゃい。」
小林君はそういって、かわいい緑ちゃんを引きよせ、両手でギュッとだきしめてやるのでした。
しばらくのあいだ、そうしているうちに、とつぜん、天井にあらあらしい靴音がして、ちょうど地下室への入り口あたりで立ちどまると、コトコトとみょうな物音がしはじめました。
目をこらして、暗い天井を見あげていますと、はっきりとはわかりませんけれど、天井に小さな穴がひらいて、そこから何か太い管のようなものが、さしこまれているようすです。直径二十センチもある太い管です。
おや、へんなことをするな、いったいあれはなんだろうと、ゆだんなく身がまえをして、なおもそこを見つめているうちに、ガガガ……というような音がしたかと思うと、とつじょとして、その太い管の口から、白いものが、しぶきをたてて、滝のように落ちはじめました。水です。水です。
ああ、読者諸君、このときの小林君のおどろきは、どんなでしたろう。