黒い怪物は、むごたらしくも、緑ちゃんと小林君とを、水責めにしようとしているのです。あのはげしさで落ちる水は、ほどもなく、たった六畳ほどの地下室に、すきまもなく満ちあふれてしまうにちがいありません。やがてふたりは、その水の中で溺死しなければならないのです。
そういううちにも、水は地下室の床いちめんに、洪水のように流れはじめました。もう、すわっているわけにはいきません。小林君は、緑ちゃんをだいて、水しぶきのかからぬすみのほうへ、身をさけました。
水は、そうして立っている小林君の足をひたし、くるぶしをひたし、やがてじょじょに、じょじょに、ふくらはぎのほうへ、はいあがってくるのです。
ちょうどそのころ、少年捜索隊の篠崎君と桂君の一組は、やっとのこと、インド人の自動車が通ったさびしい広っぱの近くへ、さしかかっていました。
この道は、今までのうちで、いちばんさびしいから、念入りにしらべてみなければならないというので、べつだんの聞きこみもありませんでしたけれど、あきらめないで歩いていますと、夕やみの広っぱへはいろうとする少し手前のところで、駄菓子屋の店あかりの前を、七―八歳の男の子が、向こうからやってくるのに出あいました。
「おい、篠崎君、あの子どもの胸に光っている記章を見たまえ。なんだかぼくらのBDバッジに似ているじゃないか。」
桂君のことばに、ふたりが、子どもに近づいてみますと、その胸にかけているのは、まごうかたもなく、少年探偵団のBDバッジでした。
BDバッジというのは、小林君の発案で、ついこのあいだできあがったばかりの探偵団員の記章でした。BDというのは、Boy(少年)とDetective(探偵)のBとDとを模様のように組みあわせて、記章の図案にしたことから名づけられたのです。
「その記章、どこにあったの? どっかでひろいやしなかったの?」
子どもをとらえてたずねてみますと、子どもは取りあげられはしないかと、警戒するふうで、
「ウン、あすこに落ちていたんだよ。ぼくんだよ。ぼくがひろったから、ぼくんだよ。」
と、白い目でふたりをにらみました。
子どもが、あすこでひろったと指さしたのは、広っぱのほうです。
「じゃ、小林さんが、わざと落としていったのかもしれないぜ。」
「ウン、そうらしいね。重大な手がかりだ。」
ふたりは、勇みたってさけびました。
小林少年が考案したBDバッジには、ただ、団員の記章というほかに、いろいろな用途があるのでした。まず第一は、重い鉛でできているので、ふだんから、それをたくさんポケットの中へ入れておけば、いざというときの石つぶてのかわりになる。第二には、敵にとらえられたばあいなどに、記章の裏のやわらかい鉛の面へ、ナイフで文字を書いて、窓や塀の外へ投げて、通信することができる。第三には、裏面の針にひもをむすんで、水の深さを計ったり、物の距離を測定することができる。第四には、敵に誘かいされたばあいに、道にこれをいくつも落としておけば、方角を知らせる目じるしになる。というように、小林君がならべたてたBDバッジの効能は、十ヵ条ほどもあったのです。
団員たちは、ちょうどアメリカの刑事のように、このバッジを洋服の胸の内がわにつけて、何かのときには、そこをひらいてみせて、ぼくはこういうものだなどと、探偵きどりでじまんしていたのですが、その胸の記章のほかに、めいめいのポケットには、同じ記章が二十個から三十個ぐらいずつ、ちゃんと用意してあったのです。
桂君と篠崎君とは、男の子が、そのBDバッジを広っぱの道路でひろったと聞くと、たちまち、今いった、第四の用途を思いだし、小林少年が捜索隊の道しるべとして、落としていったものと、さとりました。
読者諸君は、もうとっくにおわかりでしょう。小林君が自動車の中で、インド人にしばられるとき、ソッとポケットからつかみだして、バンパーのつけねの上においた、百円銀貨のようなものは、このBDバッジにほかならなかったのです。そして、その小林君の目的は、いま、みごとに達せられたのです。
そういううちにも、水は地下室の床いちめんに、洪水のように流れはじめました。もう、すわっているわけにはいきません。小林君は、緑ちゃんをだいて、水しぶきのかからぬすみのほうへ、身をさけました。
水は、そうして立っている小林君の足をひたし、くるぶしをひたし、やがてじょじょに、じょじょに、ふくらはぎのほうへ、はいあがってくるのです。
ちょうどそのころ、少年捜索隊の篠崎君と桂君の一組は、やっとのこと、インド人の自動車が通ったさびしい広っぱの近くへ、さしかかっていました。
この道は、今までのうちで、いちばんさびしいから、念入りにしらべてみなければならないというので、べつだんの聞きこみもありませんでしたけれど、あきらめないで歩いていますと、夕やみの広っぱへはいろうとする少し手前のところで、駄菓子屋の店あかりの前を、七―八歳の男の子が、向こうからやってくるのに出あいました。
「おい、篠崎君、あの子どもの胸に光っている記章を見たまえ。なんだかぼくらのBDバッジに似ているじゃないか。」
桂君のことばに、ふたりが、子どもに近づいてみますと、その胸にかけているのは、まごうかたもなく、少年探偵団のBDバッジでした。
BDバッジというのは、小林君の発案で、ついこのあいだできあがったばかりの探偵団員の記章でした。BDというのは、Boy(少年)とDetective(探偵)のBとDとを模様のように組みあわせて、記章の図案にしたことから名づけられたのです。
「その記章、どこにあったの? どっかでひろいやしなかったの?」
子どもをとらえてたずねてみますと、子どもは取りあげられはしないかと、警戒するふうで、
「ウン、あすこに落ちていたんだよ。ぼくんだよ。ぼくがひろったから、ぼくんだよ。」
と、白い目でふたりをにらみました。
子どもが、あすこでひろったと指さしたのは、広っぱのほうです。
「じゃ、小林さんが、わざと落としていったのかもしれないぜ。」
「ウン、そうらしいね。重大な手がかりだ。」
ふたりは、勇みたってさけびました。
小林少年が考案したBDバッジには、ただ、団員の記章というほかに、いろいろな用途があるのでした。まず第一は、重い鉛でできているので、ふだんから、それをたくさんポケットの中へ入れておけば、いざというときの石つぶてのかわりになる。第二には、敵にとらえられたばあいなどに、記章の裏のやわらかい鉛の面へ、ナイフで文字を書いて、窓や塀の外へ投げて、通信することができる。第三には、裏面の針にひもをむすんで、水の深さを計ったり、物の距離を測定することができる。第四には、敵に誘かいされたばあいに、道にこれをいくつも落としておけば、方角を知らせる目じるしになる。というように、小林君がならべたてたBDバッジの効能は、十ヵ条ほどもあったのです。
団員たちは、ちょうどアメリカの刑事のように、このバッジを洋服の胸の内がわにつけて、何かのときには、そこをひらいてみせて、ぼくはこういうものだなどと、探偵きどりでじまんしていたのですが、その胸の記章のほかに、めいめいのポケットには、同じ記章が二十個から三十個ぐらいずつ、ちゃんと用意してあったのです。
桂君と篠崎君とは、男の子が、そのBDバッジを広っぱの道路でひろったと聞くと、たちまち、今いった、第四の用途を思いだし、小林少年が捜索隊の道しるべとして、落としていったものと、さとりました。
読者諸君は、もうとっくにおわかりでしょう。小林君が自動車の中で、インド人にしばられるとき、ソッとポケットからつかみだして、バンパーのつけねの上においた、百円銀貨のようなものは、このBDバッジにほかならなかったのです。そして、その小林君の目的は、いま、みごとに達せられたのです。