さかさの首
明智探偵は、ふたりのインド人に部屋を貸していた洋館の主人春木氏に、一度会っていろいろきいてみたいというので、さっそく同氏に電話をかけて、つごうをたずねますと、昼間は少しさしつかえがあるから、夜七時ごろおいでくださいという返事でした。
探偵は電話の約束をすませますと、すぐさま事務所を出かけました。春木氏に会うまでに、ほかにいろいろしらべておきたいことがあるからということでした。
小林少年は、ぜひ、いっしょにつれていってください、とたのみましたが、きみは、まだつかれがなおっていないだろうからと、るす番を命じられてしまいました。
それから明智探偵が、どこへ行って、何をしたか、それはまもなく読者諸君にわかるときがきますから、ここには記しません。その夜の七時に、探偵が春木氏の洋館をたずねたところから、お話をつづけましょう。
青年紳士春木氏は、自分で玄関へ出むかえて、明智探偵の顔を見ますと、ニコニコと、さもうれしそうにしながら、
「よくおいでくださいました。ご高名は、かねてうかがっております。いつか一度お目にかかってお話をうけたまわりたいものだとぞんじておりましたが、わざわざおたずねくださるなんて、こんなにうれしいことはありません。さあ、どうか。」
と、二階のりっぱな応接室に案内しました。
ふたりは、テーブルをはさんで、イスにかけましたが、初対面のあいさつをしているところへ、三十歳ぐらいの白いつめえりの上着を着た召し使いが、紅茶を運んできました。
「わたしは、妻をなくしまして、ひとりぼっちなんです。家族といっては、このコックとふたりきりで、家が広すぎるものですから、あんなインド人なんかに部屋を貸したりして、とんだめにあいました。でも、たしかな紹介状を持ってきたものですから、つい信用してしまいましてね。」
春木氏は、立ちさるコックのうしろ姿を、目で追いながら、いいわけするようにいうのでした。
それをきっかけに、明智探偵は、いよいよ用件にはいりました。
「じつは、あの夜のことを、あなたご自身のお口から、よくうかがいたいと思って、やってきたのですが、どうも、ふにおちないのは、ふたりのインド人が、わずかのあいだに消えうせてしまったことです。
もう、ご承知でしょうが、子どもたちがむじゃきな探偵団をつくっていましてね。あの晩、中村係長たちが、ここへかけつける二十分ほどまえに、その子どもたちが、どの部屋ですか、ここの二階にふたりのインド人がいることを、ちゃんと、たしかめておいたのです。それが、警官たちよりも早くあなたがお帰りになったときに、もう、家の中にいなくなっていたというのは、じつにふしぎじゃありませんか。
そのあいだじゅう、六人の子どもたちが、おたくのまわりに、げんじゅうな見はりをつづけていたのです。表門はもちろん、裏門からでも、あるいは塀を乗りこえてでも、インド人が逃げだしたとすれば、子どもたちの目をのがれることはできなかったはずです。」
すると、春木氏はうなずいて、
「ええ、わたしも、その点が、じつにふしぎでしかたがないのです。あいつらは、何かわれわれには想像もできない、妖術のようなものでもこころえていたのではないでしょうか。」
と、いかにも、きみ悪そうな表情をしてみせました。
「ところが、もう一つ、みょうなことがあるのですよ。あなたがお帰りになったのは、子どもたちがインド人がいることをたしかめてから、警官がくるまでのあいだでしたね。すると、そのときはもう、子どもたちは、ちゃんと見はりの部署についていたはずなのですが……、あなたは、むろん表門からおはいりになったのでしょうね。」