と、なじるように、ききかえしました。
「そうです。おっしゃるとおり賊は、むだな手数をかけているのです。しかし、むだといえば、ほかにもっともっと大きなむだがあるのですよ。春木さん、そこがこの事件の奇妙な点です。また、じつにおもしろい点なのです。」
明智探偵が、それを説明するのがおしいというように、ことばを切って、相手の顔をながめました。
「もっと大きなむだといいますと?」
「それはね、インド人がまっぱだかになって、隅田川を泳いでみせたり、東京中の町々を、うろついてみせたりして、世間をさわがせたことですよ。
それからまた、篠崎さんのお嬢ちゃんと同じ年ごろの子どもを、二度も、わざとまちがえてさらったことですよ。
いったいなんのために、そんなむだなことをやってみせたのでしょう。え、春木さん、あなたはどうお考えになります。」
「さあ、わたしにはわかりませんねえ。」
春木氏は青ざめた顔で、少しそわそわしながら答えました。
「おわかりになりませんか。じゃ、ぼくの考えを申しましょう。それはね、賊は広告をしたかったのですよ。わたしは、こんなまっ黒なインド人ですよ、わたしは篠崎家のお嬢ちゃんをさらおうとしていますよ、と、世間に向かって、いや世間というよりも、篠崎のご主人に向かって、これでもかこれでもかと、告げ知らせたかったのです。そして、篠崎さんが、さては、インド人が本国から、のろいの宝石を取りもどしにやってきたんだなと、信じこむようにしむけたのです。
なぜでしょう。なぜそんな、ばかばかしい広告をしたのでしょう。
もし、ほんとうのインド人が、復しゅうのためにやってきたのなら、広告するどころか、できるだけ姿を見られないように、世間に知られないように骨を折るはずじゃありませんか。つまり、まるであべこべなのです。すると、その答えは、やっぱりあべこべでなければなりません。」
「え、あべこべといいますと。」
春木氏が、びっくりしたようにききかえしました。
ちょうどそのときでした。ふたりの会話の中のあべこべということばが、そのまま形となって、部屋のいっぽうの窓の外にあらわれたではありませんか。
ガラス窓のいちばん上のすみに、ひょいと人間の顔があらわれたのです。それが、まるで空からぶらさがったように、まっさかさまなのです。つまりあべこべなのです。
その男は、ガラス窓の外のやみの中から、髪の毛をダランと下にたらし、まっかにのぼせた顔で、さかさまの目で、部屋の中のようすをジロジロとながめています。
いったいどうして、人の顔が、空からさがってきたりしたのでしょう。じつに、ふしぎではありませんか。
いや、それよりもみょうなのは、春木氏がそのガラスの外のさかさまの顔を見ても、少しもおどろかなかったことです。その顔に何か目くばせのようなことをしました。
すると、さかさまの顔は、それに答えるようにあいずのまばたきをして、そのまま空のほうへスーッと消えてしまいました。
いったいあれは何者でしょう。なんだか、ついさいぜん見たばかりのような顔です。ああ、そうです、そうです。ほかでもない春木氏のやとっているコックなのです。さっき紅茶を運んできた召し使いなのです。
それにしても、なんというへんてこなことでしょう。コックが家の外の空中からぶらさがってきて、窓をのぞくなんて、話に聞いたこともないではありませんか。
でも、その窓は、ちょうど明智探偵のまうしろにあったものですから、探偵はそんな奇妙な人の顔があらわれたことなど少しも知りませんでした。
みなさん、なんだか気がかりではありませんか。明智探偵は大じょうぶなのでしょうか。もしやこの家には、何かおそろしい陰謀がたくらまれているのではないでしょうか。
「そうです。おっしゃるとおり賊は、むだな手数をかけているのです。しかし、むだといえば、ほかにもっともっと大きなむだがあるのですよ。春木さん、そこがこの事件の奇妙な点です。また、じつにおもしろい点なのです。」
明智探偵が、それを説明するのがおしいというように、ことばを切って、相手の顔をながめました。
「もっと大きなむだといいますと?」
「それはね、インド人がまっぱだかになって、隅田川を泳いでみせたり、東京中の町々を、うろついてみせたりして、世間をさわがせたことですよ。
それからまた、篠崎さんのお嬢ちゃんと同じ年ごろの子どもを、二度も、わざとまちがえてさらったことですよ。
いったいなんのために、そんなむだなことをやってみせたのでしょう。え、春木さん、あなたはどうお考えになります。」
「さあ、わたしにはわかりませんねえ。」
春木氏は青ざめた顔で、少しそわそわしながら答えました。
「おわかりになりませんか。じゃ、ぼくの考えを申しましょう。それはね、賊は広告をしたかったのですよ。わたしは、こんなまっ黒なインド人ですよ、わたしは篠崎家のお嬢ちゃんをさらおうとしていますよ、と、世間に向かって、いや世間というよりも、篠崎のご主人に向かって、これでもかこれでもかと、告げ知らせたかったのです。そして、篠崎さんが、さては、インド人が本国から、のろいの宝石を取りもどしにやってきたんだなと、信じこむようにしむけたのです。
なぜでしょう。なぜそんな、ばかばかしい広告をしたのでしょう。
もし、ほんとうのインド人が、復しゅうのためにやってきたのなら、広告するどころか、できるだけ姿を見られないように、世間に知られないように骨を折るはずじゃありませんか。つまり、まるであべこべなのです。すると、その答えは、やっぱりあべこべでなければなりません。」
「え、あべこべといいますと。」
春木氏が、びっくりしたようにききかえしました。
ちょうどそのときでした。ふたりの会話の中のあべこべということばが、そのまま形となって、部屋のいっぽうの窓の外にあらわれたではありませんか。
ガラス窓のいちばん上のすみに、ひょいと人間の顔があらわれたのです。それが、まるで空からぶらさがったように、まっさかさまなのです。つまりあべこべなのです。
その男は、ガラス窓の外のやみの中から、髪の毛をダランと下にたらし、まっかにのぼせた顔で、さかさまの目で、部屋の中のようすをジロジロとながめています。
いったいどうして、人の顔が、空からさがってきたりしたのでしょう。じつに、ふしぎではありませんか。
いや、それよりもみょうなのは、春木氏がそのガラスの外のさかさまの顔を見ても、少しもおどろかなかったことです。その顔に何か目くばせのようなことをしました。
すると、さかさまの顔は、それに答えるようにあいずのまばたきをして、そのまま空のほうへスーッと消えてしまいました。
いったいあれは何者でしょう。なんだか、ついさいぜん見たばかりのような顔です。ああ、そうです、そうです。ほかでもない春木氏のやとっているコックなのです。さっき紅茶を運んできた召し使いなのです。
それにしても、なんというへんてこなことでしょう。コックが家の外の空中からぶらさがってきて、窓をのぞくなんて、話に聞いたこともないではありませんか。
でも、その窓は、ちょうど明智探偵のまうしろにあったものですから、探偵はそんな奇妙な人の顔があらわれたことなど少しも知りませんでした。
みなさん、なんだか気がかりではありませんか。明智探偵は大じょうぶなのでしょうか。もしやこの家には、何かおそろしい陰謀がたくらまれているのではないでしょうか。