悪魔の昇天
中村係長は怪盗が何をいおうと、そんな口あらそいには応じませんでした。賊はなんの意味もない、からいばりをしているのだと思ったからです。そこで、屋上の警官たちに、いよいよ最後の攻撃のさしずをしました。
それと同時に、十数名の警官が、口々に何かわめきながら、ふたりの賊をめがけて突進しました。屋根の上の警官隊の円陣が、みるみるちぢまっていくのです。
ふたりの賊は屋根の頂上の中央に、たがいに手をとりあって立ちすくんでいます。もうそれ以上どこへも動く場所がないのです。
「ソレッ!」
というかけ声とともに、中村係長が、ふたりに向かってとびかかっていきました。つづいてふたり、三人、四人、警官たちは賊をおしつぶそうとでもするように、四ほうからその場所にかけよりました。
ところが、これはどうしたというのでしょう。中村係長がパッととびつくと同時に、ふたりの賊の姿が、まるでかき消すようになくなってしまったのです。
それとは知らぬ警官たちは、暗さのために、つい思いちがいをして係長に組みついていくというありさまで、しばらくのあいだは、何がなんだかわけのわからぬ同士討ちがつづきました。
係長のおそろしいどなり声に、ハッとしてたちなおってみますと、警官たちは、今まで自分たちのおさえつけていたのが、賊ではなくて上官であったことを発見しました。まるでキツネにつままれたような感じです。
「あかりだ! あかりだ! だれか懐中電燈を……。」
係長が、もどかしげにさけびました。
しかし、懐中電燈を持っていた人たちは、賊にとびかかるとき、屋根の上に投げだしてしまったので、まっくらな中できゅうにそれをさがすわけにもいきません。ただうろたえるばかりです。
すると、ちょうどそのときでした。屋根の上がとつぜんパッと明るくなったのです。まるで真昼のような光線です。警官たちは、まぶしさに目もくらむばかりでした。
「ああ、探照燈だ!」
だれかが、さもうれしげにさけびました。
いかにもそれは、探照燈の光でした。
見れば洋館の門内に、一台のトラックがとまっていて、その上に小型の探照燈がすえつけられ、二名の作業服を着た技手が、その強い光を屋根の斜面に向けているのでした。
これは、警視庁そなえつけの移動探照燈なのです。
中村係長は、賊が、やみの屋上へ逃げあがったと知ると、すぐさま消防署へ使いを出しましたが、そのとき、もうひとりの警官には、電話で警視庁へ探照燈をもってくることを依頼させたのです。それが今つい、手早く探照燈を付近の電燈線にむすびつけ、屋根の上を照らしはじめたのです。
警官たちは、その真昼のような光の中で、キョロキョロと賊の姿をさがしもとめました。そして、人々の目が、屋根の上から、だんだん空のほうにうつっていったときです。
「アッ、あれだ! あれだ!」
ひとりの警官が、とんきょうな声をたてて、やみの大空を指さしました。
それと知ると、屋根の上の警官たちはもちろん、地上の数十名の警官たちも、あまりの意外さに、アーッと、おどろきのさけび声をあげました。