新聞社の四台のヘリコプターは、賊の最期を見とどけると、この付近に着陸場もないものですから、そのまま、また四羽のトビのように、青空高く舞いあがって、東京の方角へと、とびさりました。
時をうつさず、群衆をかきわけて、数名の警官が、黒い気球の前にあらわれました。高崎の警察署では、二十面相逃亡のことは、ゆうべのうちに通知を受けていましたので、遠くの空に怪軽気球があらわれると、すぐそれと察して、気球が下降をはじめたころには、警官隊の自動車が、観音像の地点へと走っていたのでした。
警官たちは横だおしになった軽気球のかごにかけよって、かごから半身を乗りだして気をうしなっている二十面相と、白い上着のコックとを、いきなりだきおこそうとしました。
ところが、そのつぎの瞬間には、なんだかみょうなことがおこったのです。
ふたりの賊を、なかばだきおこした警官たちが、何を思ったのか、とつぜん手をはなしてしまいました。すると、ふたりの賊はコツンと音をたてて、地面へ投げだされたのです。
「こりゃなんだ。人形じゃないか。」
「人形が風船に乗ってとんでいたのか。」
警官たちは、口々にそんなことをつぶやきながら、あっけにとられて顔を見あわせました。
ああ、なんということでしょう。せっかくとらえた賊は、血のかよった人間ではなくて、ろう細工の人形だったのです。よく洋服屋のショーウィンドーに立っているようなマネキン人形に、それぞれ黒い背広と白い上着とが着せてあったのです。
二十面相の悪知恵には奥底がありませんでした。警察はもとより、新聞社も、東京都民も、熊谷市から高崎市にかけての町々村々の人々も、二十面相のために、まんまと、いっぱい食わされたわけです。ことに四つの新聞社のヘリコプターは、まったく、むだぼねを折らされてしまったのです。
いや、そればかりではありません。二十面相は、そのうえに、もっとあくどいいたずらさえ用意しておいたのです。
「おや、なんだか手紙のようなものがあるぜ。」
ひとりの警官が、ふとそれに気づいて、二十面相の身がわりになった人形の上にかがみこみ、その胸のポケットから一通の封書をぬきとりました。
封筒の表には「警察官殿」と記し、裏には「二十面相」と署名してあるのです。封をひらいて読みくだしてみますと、そこにはつぎのような、にくにくしい文章が書きつづってありました。
諸君が黒い風船を、やっきとなって追っかけまわすありさまが、目に見えるようだ。そして、やっととらえたと思ったら、人形だったなんて、じつにゆかいじゃないか。それを思うと、おれは吹きだしそうになるよ。
ところで、明智君には少しお気のどくみたいだったねえ。さすが名探偵といわれるほどあって、おれの正体を見やぶったのは感心だけれど、そいつが、とんだやぶへびになってしまった。明智君が、おせっかいさえしなけりゃ、おれのほうでも、こんなさわぎはおこさなかっただろうからね。