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一寸法师-梅花娃娃(08)
日期:2021-09-29 23:53  点击:305

「それから、今度の事件でもっとも不思議なのは、これは奥様(おくさん)もとっくにお気づきだと思いますが、犯人が彼自身の犯行を公衆の面前にさらけ出そうとしている点です。小林君の見たことといい、例の千住の片足事件といい、(もっともこれは全然別の事件かも知れませんが)今度の百貨店の出来事といい、凡て犯人は恐しい殺人事件のあったことを世間に知らせようとしている形があります。殊に今日のは、ちゃんと指環まではめてあった。これは山野三千子さんの手首だぞと、広告している様なものではありませんか。殺人者が自分の犯行を広告するというのは、到底考えられないことです。馬鹿か気違いでなければ、いや、どんな馬鹿でも気違いでも、まさかそんな乱暴なことはしないでしょう。それに、だれにも姿を見せないで百貨店の飾り人形に、死人の手首をとりつけて来るなんて、馬鹿や気違いで出来る芸当ではありません。とすると、この一見馬鹿馬鹿しく見える出来事には、何か深い魂胆(こんたん)がなければなりません」
 明智はそこでポッツリと言葉を切って、山野夫人の青ざめた顔を眺めた。不自然に長い間そうしてじっとしていた。
 山野夫人は、明智の鋭い眼光を意識して、さしうつむいたまま震えていた。彼女は余りの恐しさに顛倒(てんどう)して口も利けないらしく見えた。
「で、もしこれが深い計画によって行われた出来事だとしますと、その意味はたった一つしかありません。つまり、犯人は外にあるのです。お嬢さんの死体の一部を公衆の面前にさらけ出している奴は、犯人ではなくて、そういう驚くべき手段によって、別に本当の犯人を脅迫しているのです。何かためにする(ところ)があって、非常手段を採っているのです。そんな風には考えられないでしょうか」
 山野夫人はその時、ハッと顔を上げて明智を見た。二人は無言のまま、じっとにらみ合った。お互にお互の胸の奥まで突通す様な、恐しい眼光を取交した。が、次の瞬間には、山野夫人はテーブルに顔を伏せて、はげしく泣き出していた。(おさ)えても圧さえても、胸を刺す甲高(かんだか)い声が、袖をもれた。彼女の小さい肩が烈しく波打った。なげ出した白い首筋におくれ毛がもつれて、なまめかしくふるえた。
 そこへドアが()いて、書生が入って来た。彼はその場のただならぬ様子を見ると、そのまま引返し相にしたが、思い返してテーブルの方へ近づいて来た。彼も何か非常に興奮している様子だった。
「奥様」彼はおずおずと夫人を呼びかけた。「大変な物が参りました」
 夫人はやっと涙を圧えて、顔を上げた。
「ただ今、こんな小包が参りました」
 書生は持っていた細長い木箱をテーブルの上に置いて、チラと明智の方を見た。
 小包は粗末な木箱で、厳重に釘づけになっていたが、書生が無理にあけたのであろう、蓋が半分に割れて、中から何か油紙に包んだものがはみ出していた。
 細長い木箱は午後の第一回の郵便物の中に混っていた。差出人の記名はなかったけれど、いずれどこからかの到来物に相違ないと思って、書生の山木は何気なく蓋を開いた。(ここでは封書の外の小包だとか書籍類などは、書生が荷造りを解いて主人の所へ差出す習慣だった)だが、一目(ひとめ)中の品物を見ると、山木は青くなってしまった。彼はそれをどう処分していいか分らなかった。病中の主人を驚かすのは憚られた。といって、黙って置く訳には行かぬ。ふと思いついたのは客間に素人探偵の明智が来ていることだった。彼は兎も角、それを夫人と明智のところへ持って行くことにした。
 明智は書生の説明を聞きながら箱の中から油紙に包んだ品物を取出して、丁寧に包みを解いた。中からは渋紙色(しぶがみいろ)に変色した人間の片腕が出て来た。肱のところから見事に切断され、切口に黒い血がかたまっていた。たまらない臭気が鼻を打った。
「君、奥さんをあちらへお連れしてくれ給え。これをごらんにならん方がいい」
 明智は手早く包みを箱の中へ押し込んで叫んだ。
 山野夫人は、併し、凡てを見てしまった。彼女は立上って無表情な顔で一つ所を見つめていた。顔色は透通(すきとお)る様に白かった。


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