「あなたが、そんなひどい人だとは思わなかった。悟りすました世捨人の様な顔をしていて、その実恐しい悪党だったのね」夫人は、ため息をついた。「でも、仕様がありませんわ。あのことを秘密にして置いてもらうためには、どんな犠牲だって払わなければ。けれど、あなたは、そんな無理往生なことをして、それで寝ざめがいいのですか。私はどうしたって、あなたを好きにはなれないんだから」
「ウフフフフフフフ」奇怪な男は気味悪く声を殺して笑った。「私は十年の間待っていたのだよ。あなたは知るまいけれど、私はその長い間あなたのことばかり思い続けて来たのだ。私がどんなに苦しんだか、色々な馬鹿馬鹿しい企てをやったか。今にすっかり白状する。ウフフフフフフ、あなたはきっと驚く。あなたを思っていた男の正体が分ったら、あなたは気絶する程驚くに違いない。だが、今度のことは、何という幸運だったろう。こんなことでも起らなければ、私は一生がい私のこの切ない思いを打明ける折がなかったのだ。サア、詳しいことは、あちらへ行ってから話そう。兎も角、あなたは私についてくる外はないのだ」
男は、そういったまま、自信に満ちた様子で、境内を出て堤の方へ歩いて行った。山野夫人は、彼女自身の意思を失って、別の意思の命令によって動いているかの様に、歯がゆい程従順に男のあとに従った。
三囲神社から半町程上手の堤に沿って、ポッツリと一軒の毀れかかった空家があって、その蔭に隠れる様に、一台の自動車が停っていた。ヘッドライトを消しているので、一寸見たのでは空家の一部分としか思えない。奇怪な男はそこまでたどりつくと、山野夫人をさし招いて、押し込む様に車の上に乗せ、何か運転手にささやいて彼も暗い箱の中へ入った。
自動車はただちに、けたたましい音を立てて、人通のない、堤の上を、吾妻橋の方へ、飛ぶ様に消え去った。
お雪は物蔭に立って、くやし相に車のあとを見送った。もうどうすることも出来ない。邸に帰る外はないのだ。だが、彼女は明智に報告すべき事柄を、少くとも二つ丈けは心にとめていた。その一つは怪しい男が夫人を連れ去った自動車の番号――二九三六という数字。もう一つは不思議な男の姿なり声音なり、殊にその特徴のある歩き振りが、彼女のよく知っているある人に酷似していたという事実だった。
余り意外な人物を思い出したので、お雪は変な気がした。頭がどうかしているのではないかと思った。だが、あの一寸びっこを引く歩き方は、どうしてもその人に相違なかった。肩の工合、ステッキのつき方、その他凡ての点が、間違うはずのない著るしい特徴を示していた。彼女はそれらの事柄を明智に電話で報告するために、邸に急いだ。
一寸法师-密会(04)
日期:2021-09-29 23:53 点击:302
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