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一寸法师-转嫁罪业(08)
日期:2021-09-30 11:02  点击:346

「あなたは、この死人の首の指のあとに覚えがありますか。あなたは小松の首を絞めたのですか」
 三千子は一寸の()躊躇していたが、やがて不審相な様子で答えた。
「いいえ。私、そんなこと致しません」
「本当に?」
「エエ」
 明智はそれを聞くとにわかに快活になった。彼は例によって、ニコニコしながら、盛んに長い頭髪をかき廻した。
「田村君、一寸待ち給え。ひょっとしたら、真犯人は三千子さんではないかも知れんよ」
「なんだって?」検事はあきれて明智の顔を眺めた。「君はたった今、三千子さんが犯人だと断言したじゃないか」
「いや、それが少々間違っていたかも知れないのだ」
「間違っていたって?」
「この被害者の首の指の痕だね。三千子さんの指にしては、黯痣(くろあざ)が大き過ぎる様な気がするのだ。今そこへ気がついたのだ。それに三千子さんは首を絞めた覚えがないといっている」
「すると?」
「若しや、これは……」
 丁度その時、明智の部下の斎藤が、表の方から(あわた)だしく駈け込んで来た。
「明智さん、一寸」
 明智は彼を隅の方へつれて行って、ひそひそと何かささやき交した。
「僕の想像は間違っていなかった」明智は欣々(きんきん)として人々の方をふり向いた。「やっぱり真犯人は外にあったのです。三千子さんは小松を殺した訳ではないのです」
「それは一体何者だ」
 田村氏と刑事部長が殆ど同時に叫んだ。
「一寸法師です。今この斎藤君がもたらした新事実を報告しましょう。一寸法師は病院のベッドで息を引取りました。彼はその(いま)わの(きわ)にあらゆる彼の罪を告白した相です。その数々の罪がどんなに残虐を極めていたかは、いずれ御話する機会もあるでしょう。今はこの事件に関係した部分だけを申上げます。彼はあの朝ゴミにまみれた小松の死体を蕗屋君から受取ったのですが、その日の夜になって死体を人目につかぬ場所へ隠そうとして、ゴミの中から抱き上げた時、偶然にも小松が息をふき返したのです。彼女は全く死に切ってはいなかったのでしょう。不具者は一時は驚きましたけれど、次の瞬間には彼の持前(もちまえ)の残虐性が頭をもたげました。彼は凡ての満足な人間を呪っていたのです。それに、小松が今(よみがえ)っては、山野氏から金を引出すことも出来ず、夫人を脅迫する手段もない。そこで彼は折角(せっかく)生返った娘を再び絞め殺したというのです。そして腕や足丈けを方々へさらしものにして、山野氏と夫人とを別々の意味で怖がらせた。それは一つは畸形児の戦慄すべき犯罪露出慾をも満足させました。だが顔丈けはさらしものに出来ない。それをすれば夫人が真相を悟ってしまう。そこで顔と胴体の隠し場所を探して、キューピイ人形といううまいものを見つけたのです。死に際の告白ですから、まさか嘘ではありますまい」
 紋三はその時の異常な光景を、長い間忘れることが出来なかった。明智は髪の毛をつかみながら仕事場の板敷をふみならして、あちらへ行ったりこちらへ行ったり、歩き廻る。三千子、蕗屋の両人は今までの泣き顔に、恥しげなほほ笑みを見せる。山野邸に人が走る。吉報を聞いて喜ばしさの余り、重病の山野氏が夫人を同伴してかけつける。
「なに、殺人罪ではないのですからね。それに若い娘さんのことだし、多分無罪になるかも知れませんよ」
 田村検事も、肩の荷をおろしたという風で、ニコニコしながら、実業家山野氏を(なぐさ)める。
 それから、三千子、蕗屋、安川国松の三人は一先ず原庭署へつれて行かれたが、田村氏の言葉もあるので、誰も彼等の身の上を気づかうものはなかった。ただ安川人形師だけが周囲の喜びをよそに、うちしおれているのが余計あわれに見えた。
 小林紋三は明智と連立って、人形師の家を出た。彼等は事件が円満に解決した満足で、自然多弁になっていた。タクシーの帳場までを歩きながら、色々と事件について語り合った。
「めでたし、めでたしですね。あなたのこれまで関係された事件でも、これ程都合よく運んだものは少いでしょうね」
 紋三がお世辞めかしていった。
「都合よくね」明智は意味ありげな調子だった。「何も悔悟(かいご)しているものに罪をきせることはないのだからね。死ぬ者貧乏だよ。それにあいつは希代の悪党なんだから」
「それはどういう意味でしょうか」
 紋三は変な顔をして尋ねた。
「例えばだね、小松の絞め殺されていることが、キューピー人形を(こわ)すまでもなく、前もって僕に分っていたのかも知れない。そして、悔悟した三千子さんを救う為に、死にかかっている一寸法師をくどき落して、うその告白をさせる……巧に仕組まれた一場のお芝居。という様なことは全く考えられないだろうか。分るかい。……罪の転嫁。……場合によっちゃ悪いことではない。殊に三千子さんの様な美しい存在をこの世からなくしない為にはね。あの人は君、全く悔悟しているのだよ」
 素人探偵明智小五郎は、春のよい(やみ)を大またに歩きながら、すがすがしい声でいった。

「一寸法師」は新聞連載の折、新聞社に活字がない為、漢字を仮名にしたり、当て字を使った個所が非常に多いのですが、それを一々元の漢字に直す程、文字から来る感じを重んずる種類の小説でありませんので、態とそのままにして置きました。一日分ずつ書いたのを(まと)めた為に、続き具合のおかしい所もありますが、それも直さないで置きました。(作者)

 


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