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鬼-生腕(2)
日期:2021-10-07 23:51  点击:263

 殿村と大宅は、いつものトンネルの入口まで行って、番小屋の仁兵衛爺(にへえじい)さんと話をしたり、暗いトンネルの洞穴(ほらあな)の中へ五六間踏み込んで、ウォーと怒鳴(どな)って見たりして、又ブラブラと村へ引返すのが常であった。
 番小屋の仁兵衛爺さんは、二十何年同じ勤めを続けていて、色々恐ろしい鉄道事故を見たり聞いたりしていた。機関車の大車輪に轢死人(れきしにん)の血みどろの肉片がねばりついて、洗っても洗っても放れなかった話、ひき殺されてバラバラになった五体が、手は手、足は足で、苦しそうにヒョイヒョイ(おど)り狂っていた話、長いトンネルの中で、轢死人の怨霊(おんりょう)に出逢った話、その(ほか)数え切れない程の、物凄い鉄道綺譚(きだん)を貯えていた。
「君、昨夜(ゆうべ)はNの町へ行ったんだってね。帰りはおそくなったの?」
 殿村が()ぜか遠慮勝ちに尋ねた。道は薄暗い森の下に這入(はい)っていた。
「ウン、少し……」
 大宅は痛い所へ触られた様に、ビクッとして、(しか)(しい)て何気ない(てい)を装った。
「僕は十二時頃まで、君のお母さんの話を聞いていた。お母さん心配していたぜ」
「ウン、自動車がなくってね。テクテク歩いて来たものだから」
 大宅が弁解がましく答えた。
 N市とS村を聯絡(れんらく)するたった一台のボロ乗合自動車は、夜十時を過ぎると運転手が帰ってしまうし、N市といっても山国の小都会のことだから、営業自動車は四五台しかなく、それが出払ってしまうと、(ほか)に交通機関とてもないのだ。
「道理で顔色がよくないよ。寝不足なんだろう」
「ウン、イヤ、それ程でもないよ」
 大宅は、事実異様に青ざめた頬を、手の平でさすりながら、照れ隠しの様に笑って見せた。
 殿村は大方(おおかた)の事情を知っていた。大宅はれっきとした同村の素封家(そほうか)許婚(いいなずけ)の娘を嫌って、N市に住む秘密の恋人と媾曳(あいびき)を続けているのだ。その恋人は大宅の母親の言葉によると、「どこの馬の骨だか分らない、渡り者のあばずれ娘」であった。
「お母さんを安心させて上げた方がいいよ」
 殿村は相手を恥かしがらせはしないかとビクビクしながら、置土産(おきみやげ)のつもりで忠告めいたことを口にした。
「ウン、分っている。(しか)しマアうっちゃって置いて呉れ(たま)え。自分のことは自分で仕末(しまつ)をつけるよ」


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