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鬼-生腕(3)
日期:2021-10-07 23:51  点击:261

 大宅がピンとはねつけるように、不快らしい調子で答えたので、殿村は黙ってしまった。
 二人は黙々として、薄暗くしめっぽい森の中を歩いて行った。
 鉄道線路がチラチラ見えている位だから、無論(むろん)深い森ではないけれど、線路の反対側は奥知れぬ山に続いていて、立並ぶ木立が、どれも一抱え二抱えの老樹なので、さながら大森林に踏み()った感じであった。
「オイ、待ち給え!」
 突然先に立っていた殿村が、ギョッとする様な声で、大宅を押し(とど)めた。
「いやなものがいる。戻ろう。急いで戻ろう」
 殿村は(おび)え切っていた。薄暗い森の中でも、彼の顔色が真青(まっさお)に変っているのが分った。
「どうしたんだ。何がいるんだ」
 大宅も相手のただならぬ様子に引き入れられて、(あわただ)しく聞き返した。
「あれ、あれを見給え」
 殿村は逃げ足になりながら、五六間向うの大樹の根元を指さした。
 ヒョイと見ると、その巨木の幹の蔭から、何ともえたいの知れぬ怪物が(のぞ)いていた。
 狼? イヤ、なんぼ山家でも、こんなところへ狼が出る(はず)はない。山犬に違いない。だが、あの口はどうしたのだ。(くちびる)も舌も白い牙さえも、生々しい血に濡れて、ピカピカ光っているではないか。茶色の毛の全身が、ドス黒く血の斑点(はんてん)だ。顔も血みどろのブチになって、その中から燐光(りんこう)(はな)つ丸い眼が、ジッとこちらを(にら)んでいる。(あご)からは、まだポタポタと血のしずくが垂れている。
「山犬だよ。土竜(もぐら)かなんかやッつけたんだよ。逃げない方がいい、逃げると(かえっ)て危いから」
 流石(さすが)に大宅は山犬に慣れていた。
「チョッ、チョッ、チョッ」
 彼は舌を鳴らしながら、怪物の方へ近づいて行った。
「なあんだ。知ってる(やつ)だよ。いつもこの辺をウロウロしているおとなしい奴だよ」
 先方(むこう)では大宅を知っていたのか、やがて血みどろの山犬は、ノソノソと樹の蔭を出て、二三度彼の足元を()いだかと思うと、森の奥へと駈込んで行った。


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