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鬼-恐怖的陷阱(2)
日期:2021-10-07 23:51  点击:274

 判事は威丈高(いたけだか)に云って、テーブルの下から、もみくちゃになった一枚の浴衣を取出し、幸吉の前に差出した。見ると、浴衣の袖や裾に、点々として黒い血痕が附着している。
「僕には全く訳が分りません。どうしてこんなものが僕の部屋の縁の下にあったのか。浴衣は僕のものの様です。併し血痕は全く覚がありません」
 幸吉は追いつめられた獣物(けだもの)の様に、目を血走らせ、やっきとなって叫んだ。
「覚がないではすむまいよ」判事は落ちつき払って「第一はKの署名ある呼出状、第二は実に不思議なアリバイの不成立、第三はこの浴衣だ。君はその一つをも言い解くべき反証を示し得ないじゃないか。これ程証拠が揃って、しかも弁解が成立たないとしたら、最早(もは)や犯罪は確定したといってもいい。私は君を、山北鶴子殺害の容疑者として拘引(こういん)する外はないのだ」
 判事が云い終ると、署長の目くばせで、二人の警官が、ツカツカと幸吉の側に近づき、左右からその手を取った。
「待って下さい」
 幸吉はゾッとする様な死にもの狂いの表情になって絶叫した。
「待って下さい。君達の集めた証拠はみんな偶然の暗合に過ぎない。そんなもので罪に(おと)されて(たま)るものか。第一僕には動機がないのだ。僕が、何の恨みもない許婚の少女を、なぜ殺さなければならないのか」
「動機だって? 生意気を云うな」署長が堪りかねて怒鳴った。「君は情婦があるじゃないか。そいつと切れるのがいやさに、せき立てられる結婚を一日延ばしに延ばして来たんじゃないか。併し、もうこれ以上は延期出来ないはめになっていた。君の(うち)と山北家との複雑な関係から、この結婚をもう一日も延ばし得ない状態になっていた。若しこの結婚が不成立に終ったら、君の一家は山北家は勿論(もちろん)、村中に対して、顔向けも出来ない事情があったのだ。君はせっぱ詰った窮境に立った。そして、とうとう、鶴子さんさえなきものにすればと、無茶な考えを起したのだ。これでも動機がないというのか。こちらではなにもかも調べ上げてあるのだよ」
「アア陥穽(おとしあな)だ。俺は恐ろしい陥穽にはめられたのだ」
 幸吉は咄嗟(とっさ)に返す言葉もなく、半狂乱に身もだえするばかりであった。
「幸ちゃん、しっかりし給え。君は忘れているんだ。もうこうなったら、本当のことを云い給え。ホラ、君にはちゃんとアリバイがあるじゃないか。N市に住んでいる女の人に証言して(もら)えばいいじゃないか」
 人々のうしろから、殿村昌一が躍り出して、叫んだ。彼は友達の苦悶を見るに見兼ねたのだ。


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