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鬼-雪子的消失(3)
日期:2021-10-07 23:51  点击:263

「それで、あなたは、今度の事件をどう思います。大宅君が人殺しなぞ出来る男だと思いますか」
 少々(しゃく)に触って、(しか)りつける様に云うと、相手は相変らずの無感動で、
「あの人が、そんな大それたことをなさるとは思われませんけれど……」
 と実に煮え切らぬ返事だ。
 この女は恥かしがって感情を押し殺しているのか、(しん)からの冷血動物なのか、それとも若しかしたら、幸吉をそそのかして鶴子を殺害せしめた張本人である為に、その罪の恐怖に(おび)え切て、こんな様子をしているのか、全くえたいの知れぬ、不思議な感じであった。
 彼女が何かにひどく脅えていることは確で、丁度その家の裏が停車場の構内になっているものだから、絶えず機関車の()()する音が聞え、時々はすぐ窓の外で、鋭い汽笛が鳴り響くのだが、そんな物音にも、雪子はビクッと身を震わせて驚くのだ。
 雪子はこの家の二階を借りて、一人で暮しているらしい。調度などが何となく職業婦人を思わせる。
「どこかへお勤めなんですか」
 と尋ねて見ると、
「エエ、少し前まである方の秘書を勤めていましたが、今はどこへも……」
 と口の中でモグモグ云う。
 何とかして本音を吐かせようと、なお色々話しかけて見たが、雪子は黙り勝ちで少しも要領を得ない。絶えずうつむいて、目をふせて、口を利く時も、殿村を正視せず、まるで(たたみ)と話しをしている様な鹽梅(あんばい)だ。
 結局、殿村は、この雪子の執拗(しつよう)な沈黙をどうすることも出来ず、一先ずその家を辞去することにしたが、いとまを告げて、階段を降りかけても、雪子は座敷に坐って頭を下げているばかりで、下へ送って来ようともせぬ。
 玄関の土間に降りると、それでも、例のお婆さんが見送りに出て来たので、殿村は、念の為に、その耳に口を寄せて、
「今日から三日前、つまり一昨々日(さきおととい)ですね。絹川さんの所へ男のお客さんはなかったですか、丁度わたし位の年配の」
 と尋ねて見た。二階の雪子に気兼(きがね)をしながら、二三度繰返すと、やっと、
「サア、どうでございましたかね」
 という返事だ。だんだん聞いて見ると、この家はお婆さん独暮(ひとりぐら)しで、二階を雪子に(かし)ているのだが、身体が不自由な為、一々取次などはせず、雪子のお客様は、勝手に階段を上って行くし、夜なども、客がおそく帰る時は、雪子が表の戸締りをすることになっているらしい。つまり、二階と下とが全く別々のアパートみたいなもので、仮令あの日幸吉が雪子を訪ねたとしても、このお婆さんは、それを知らないでいたかも分らぬのだ。
 殿村はひどく失望して、その家を出た。そして、考え込みながら、足元を見つめて歩いていると、
「ヤア、あなたもここでしたか」
 突然声をかけたものがある。


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