びっくりして見上げると、S村の小学校の取調べ室で知り合った、N警察の警官だ。拙い奴に出くわしたと思ったが、嘘を云う訳にも行かぬので、雪子を訪問したことを告げると、
「じゃ、家にいるんですね。そいつはいい具合だ。実は、あの女を取調べることになって、今呼出しに行く所です。急ぎますから失敬します」
警官は云い捨てて、五六間向うに見えている雪子の下宿へ走って行った。
殿村は、何故かそのまま立去る気にはなれず、そこに佇んで、警官の姿が格子戸の中へ消えるのを見送っていた。
警官に引連れられた雪子が、どんな顔をして出て来るかと、ちょっと好奇心を起して待っていると、やがて、再び格子戸の開く音がして、警官が出て来たが、雪子の姿は見えぬ。そればかりか、警官は殿村がまだそこに立っているのを見つけると、怒った様な声で、
「困りますね、出鱈目をおっしゃっては。絹川雪子はいないじゃありませんか」
と云った。
「エ、いないって?」殿村は面喰らって「そ、そんな筈はありませんよ。今僕が逢って来たばかりですからね。僕がたった五六間歩く間に、外出できっこはありませんよ。本当にいないのですか」
と信じられぬ様子だ。
「本当にいないのです。婆さんに尋ねても不得要領なので、二階へ上って見たんですが、猫の子一匹いやしない。じゃ、裏口からでも外出したのかも知れませんね」
「サア、裏口といって、裏は停車場の構内になっているのだが。……兎も角僕も引返して調べて見ましょう。いない筈はないのだがなあ」
そこで、二人はもう一度その家の格子戸を開けて、婆さんに尋ねたり、家探しをしたりしたが、結局絹川雪子は、煙の様に消え失せてしまったことが確められたばかりであった。
さい前警官が這入って行った時、婆さんは殿村を送り出して、まだ玄関の、しかも階段の降口に立っていたのだから、いくら目や耳のうとい老人でも、雪子がその階段を降りて来るのを気附かぬ筈はなかった。
なお念の為に、履物を調べさせて見たけれど、雪子のは勿論、婆さんの履物も、一足もなくなっていないことが分った。
雪子が外出しなかったことは、最早疑う余地がないのだ。ではもう一度二階を調べて見ようと、梯子段を上り、押入れの中や、天井裏まで覗いて見たが、やっぱり人の気配はない。
「この窓から屋根伝いに逃げたんじゃないかな」
警官が窓の外を眺めながら口走った。
「逃げたって? 何かあの人が逃げ出す理由でもあるのですか」
殿村がびっくりした様に聞き返した。
「若しあの女が、共犯者であったとすれば、僕の声を聞いて逃げ出さぬとも限りませんよ。併し、それにしても……」
警官はその辺の屋根を眺め廻して、
鬼-雪子的消失(4)
日期:2021-10-07 23:51 点击:265
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