洞窟の怪人
「だが、変だなあ。このおとし穴は、いったい誰がつくったのだろう」
考え深い哲雄君が、ふとそれを気づいて、妙な顔をしていいました。
そういえば、いかにも不思議なことです。このおとし穴は、枯枝をならべて、その上に落葉をつみ重ね、そこに穴があることを気づかれぬようにしてあったのですから、むろん人間がつくったものにちがいありません。オランウータンがいくらかしこいといっても、おとし穴をつくるほどの智恵はありません。といって天然自然に、こんなおとし穴が出来るというのも考えられないことです。
「保君、君じゃないのかい。君は自分でつくったおとし穴へ落ちたんじゃないの」
「ウウン、僕じゃないよ。僕一人で、こんな深い穴なんか掘れやしないよ」
「じゃ誰だろう。哲雄君も知らないんだね。おかしいなあ」
一郎君は腕ぐみをして、おびえたような目で、二人の顔を見くらべました。
「この島には、僕たちのほかに、人間がいるのかも知れないぜ。その人間が動物をいけどりにするために、つくっておいたおとし穴にちがいないよ」
哲雄君がささやくような声でいいました。
「だって変だなあ、人間がいれば、海岸の方へも出て来るはずだし、それに火を焚くこともあるだろうから、その煙が見えないわけはないよ」
「そりゃ、そうだけれど……」
哲雄君はいいさして、ふとだまりこんでしまいました。目を大きく開いてじっと一つところを見つめているのです。三メートルほどむこうに立っている、大きな木の幹を、穴のあくほど見つめているのです。
「オヤ、どうしたの? 何をそんなに見ているの?」
「あれをごらん。あの木の幹に何だか妙なものが……」
哲雄君は、まるで化けものにでも出あったような、おびえた顔をして、その幹を指さしているのです。
「アア、変だねえ。矢の印がほりつけてあるじゃないか」
一郎君もそれに気づいて、ツカツカと木の幹のそばへ近づきました。
二かかえもあるような太い幹の、少年たちの頭ぐらいの高さのところに、十センチほどの横向きの矢の印がほりつけてあるのです。たしかに鋭いナイフでほりつけたものです。
「やっぱり人間がいるんだぜ。動物にこんなこと出来るはずはないからね」
「野蛮人だろうか」
「そうかも知れないよ」
三人はゾッとしたように顔を見合わせました。
おとし穴といい、矢の印といい、もううたがうところはありません、この島には人間がいるのです。無人島とばかり思いこんでいたこの島に、人間が住んでいたのです。
ポパイも何かの匂を感じたのか、不安らしく、その辺をかぎまわっています。哲雄君は、ポパイの様子をじっと見ていましたが、やがて、何を見たのか、ハッとしたように、いきなりポパイの歩きまわっているそばへ走って行きました。そして、腰をかがめて、そこの地面をじっと見つめながら、
「ちょっと、ここへ来てごらん。又靴のあとだよ。でも、今度は保君のじゃない。大人の靴だよ。鋲の打ってない上等の靴だよ」
二人もそこへかけつけて、それを見ました。たしかに大人の靴のあとです。少年たちの靴の二倍もあるような、大きな足あとです。
「野蛮人はこんな靴はかないね」
「ウン、野蛮人じゃないよ。文明国の人だよ。すると、おとし穴は、この靴をはいている人がつくったのかも知れないね。それから、矢の印も……」
するとその時、保君が又一つ発見をして、とんきょうな声を立てました。
「あれ、あの木にも矢の印が……」
さっきの大木から十メートルほどはなれた、大きな木の幹に、同じ矢の印がほりつけてあったのです。
いよいよただ事ではありません。一つ発見するごとに、誰かしら奇妙な人間が、この島に住んでいることが、いよいよはっきりして来るのです。
三人はそこで又顔見合わせて、しばらくだまりこんでいました。これらの発見を、どう判断していいか、ちょっと見当がつかなかったからです。
その人間は少年たちにとって、恐しい敵なのでしょうか、それとも、たよりになる味方なのでしょうか。
「この人が、もし文明人だとしたら、なにもこわがることはないわけだね」
「ウン、そうだよ。探し出して、僕たちの仲間になってもらえばいいんだよ。大人だから、僕たちの知らないいろいろな事を知ってるだろうからね」
「じゃ、早く、その人を探し出そうじゃないか」
三人は、何かしら一つの望が出来たような感じがして、にわかに元気になるのでした。
「この矢の印はきっと道しるべだよ。矢の方角へ進んで行けば、その人のいる所へ出られるのかも知れないよ」
哲雄君がいいますと、一郎君はいさみ立って、
「じゃ、第三の矢の印を、早く探そうじゃないか」
と、グングン森の奥へ進んで行きましたが、たちまち、第三の矢印を見つけました。それも前の二本におとらぬ太い木の幹にほりつけてあったのです。
「ア、あった、あった。この方角に進めばいいんだよ。サアみんな、こちらへ来たまえ」
そして、三人は次々と木の幹の矢印を見つけて、奥へ奥へと進んで行きました。ポパイも、御主人たちの元気な様子を見て、うれしそうにそのへんを走りまわるのでした。
「ねえ君、それはいいけれど、僕おなかがペコペコなんだよ。何かたべるものないかしら」
意外な発見に、保君もだいぶ元気になっていましたが、ひもじさだけは忘れるわけに行きません。
「それなら、パンの木を探せばいいや。きっとこのへんにもあるよ」
三人はひとまず矢印を追うことをやめて、手わけをして、パンの木を探しまわりましたが、やがて哲雄君が一本のパンの木を見つけ、三人でその実をもいで、立木のとだえた広っぱのような場所に出ました。
哲雄君は用心深く例のレンズをシャツのポケットに入れて持っていましたので、それを太陽の光線にあてて火をつくり、パンの実を蒸しやきにして、三人でお弁当をつかいました。ポパイもおすそわけにありついたことはいうまでもありません。
さいわい、例の小川がまがりまがって、その近くを流れていましたので、水もたらふく飲み、弱っていた保君もすっかり元気を取りもどしました。
「君たち僕にお礼をおいいよ。僕が穴へおっこちたおかげで、矢の印が見つかったんじゃないか。一郎君なんか、こわい顔をして僕をしかったけれど、本当はお礼をいわなくちゃいけないんだぜ。ワーイだ。エヘン、やっぱりター公はいいとこがあるなあ」
などと、日頃のチャメが出るほどですから、もう大丈夫です。それから三人は、矢印から矢印へとつたって一時間ほども歩きました。道はだんだんのぼり坂になって、ところどころかなりけわしい箇所もありましたが、身軽な少年たちは、物ともせず、グングンのぼって行くうちに、いつの間にか、山の頂上近くに達していました。
矢の印がついている程ですから、そこは人が通ったことのある道で、邪魔な木の枝などの切りはらわれたあともあり、思ったほどの苦労もなく、進むことが出来たのです。
「アレ、あんなところに海があるよ」
保君がとんきょうな声を立てて、指さすのを見ますと、なるほど立木のすき間から、青々とした海が見えています。
「変だなあ。こんな山の上に海があるなんて」
三人は立ちどまって、不思議そうに、その青い水をながめました。
「ア、わかった。きっと山の上の湖だよ。日光の中禅寺湖へ行った時にも、ちょうどこんな風だったよ。僕は山の上に海があるのかと思って、びっくりしたんだよ」
哲雄君がいちはやく、それと気づいていいました。
いかにもそれは大きな山上湖でした。進むにつれて、だんだん見はらしがきくようになり、やがて湖の全景が目の前にひろがりましたが、それは実に何ともいえぬ不思議な景色でした。
直径二キロほどもあろうかと思われる、広い広い湖、その水は青々として海とそっくりの色をしています。しかも、アッと驚いたことには、湖の向こう岸には、恐しく高い岩山が、城郭のようにそびえているのです。とほうもなく大きなけだものの牙をならべでもしたように、切りそいだような岩山が、鋸型にズーッとつらなって、この世のはてとでもいうように、立ちふさがっているのです。
「ワー、すてき。すばらしい景色だねえ」
少年たちは思わず立ちどまって、その恐しいような、雄大な景色に見とれるのでした。
「アレ、変なものがあるぜ。なんだろう」
一郎君が指さすのを見ますと、湖のこちら岸の、でこぼこの岩の間に、妙な十字架のようなものが立っているのです。
その辺の立木を切ったのでしょう、丸太ん棒のまま十文字に縛りつけ、岩の間のやわらかい地面に立ててあるのです。その高さはちょうど一郎君の背の高さと同じほどでした。
むろんそんな十字架が、ひとりでに出来るはずはありません。やっぱりあの矢印をほりつけた、不思議の人物がたてたものにちがいありません。
三人はそのそばへよって、つくづくながめましたが、よく見ると、十字架の横の棒に、何か文字のようなものがほりつけてあります。日本語ではありません。横文字です。少年たちはまだ外国語を習っていませんので、どこの国の字だかよくわかりませんでしたが、たしかに外国語にちがいないのです。
「ア、もしかしたら、これ西洋人のお墓じゃないかしら、いつか写真帖で、こんな形の墓場を見たことがあるんだよ」
何事によらず、まず最初判断を下すのは哲雄君でした。そして、その判断がたいていは当るのです。そういう事にかけては、三人の内、哲雄君にかなうものはありませんでした。
しかし、墓場としても、いったい誰の墓場なのでしょう。
おとし穴から矢印、その矢印をつたって来ると、今度は奇妙な十字架です。少年たちは意外なものばかり見せつけられて、むつかしい謎でもかけられたように、何が何だかさっぱりわけがわからなくなってしまいました。
ところが、意外はそればかりではなかったのです。
「オヤ、あんなところに、ほら穴があるぜ」
今度は保君がそれを見つけて叫びました。
やはり湖のこちらの岸に、ちょっとした岩山があって、その岩山のすそに一メートル四方ほどの、いびつな穴が黒く見えているのです。
「行って見ようか」
「ウン、行って見よう」
三人は何だか気味悪く思いましたけれど、こわいもの見たさで、その穴のそばへ行ってみないではいられませんでした。
そこで、でこぼこの岩の上を、飛ぶようにして、その穴のそばに近づき、ソッと中をのぞいて見ましたが、のぞくやいなや、三人はギョッとして、身動きも出来なくなってしまいました。
その暗い穴の奥には、何かしらえたいの知れぬ生きものが、うごめいていたのです。
暗くてよくは見えませんが、そのものは四つんばいになって、じっとこちらを見つめているように思われました。這ってはいても、普通のけだものとはちがいます。何だか人間のように思われるのです。
でも、人間とすれば、何という奇妙な人間でしょう。頭と顔はモジャモジャの毛でおおいかくされていて、二つの目だけがギロギロと光っています。手や足はよく見えませんが、体には、白いボロぎれのようなものをまとっているらしい様子です。
やがて、その生きものが、何ともいえぬいやらしいうなり声を発しました。
長く長く引っぱった異様にひくいうなり声。少年たちはそれを聞きますと、背中に水でもあびせられたように、心の底からゾーッとふるい上ってしまいました。