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新宝岛-波特的末日
日期:2021-10-17 00:30  点击:252

ポパイの最期


 この死んだような湖水の中を、筏にのった三人の少年は、いったいどこへ行くのでしょう。少年たちにもそれはハッキリはわかっていません。夢のような話なのです。湖水の向こうの高い高い岩山のうしろに、黄金の国がかくされているというのです。その国の土人たちはキラキラと美しい黄金のかぶとをかむり、黄金の鎧を着ているというのです。
 このあれはてた無人境の山のかげに、そんな美しい世界が、ほんとうにあるのでしょうか。少年たちはその話をヘンリーという不思議なイギリス人から聞きました。そして、そのイギリス人はもう死んでしまったのです。
 少年たちは半信半疑でした。でも、もしそんな童話のような国が、あの山の向こうにあるのだとしたら、どんなにすばらしいことでしょう。少年たちは、なんともいえぬ奇妙な心持になって、まるで目に見えぬ糸に引かれでもするように、その方角へ行ってみないではいられなかったのです。
 山の上の湖ですから、熱帯のあつさもそれほどには感じません。奥底の知れないほど晴れわたった空、青々としずまりかえった湖水、その水の上を、少年たちの手製の筏は、さもたのしそうに、スイスイと進んで行きました。
 三人がかわり合って、筏の両側にとりつけた櫂をこぎ、岩山の岸からあまり遠ざからないように用心しながら、ゆっくりこいで行ったのですが、おひる頃にはもう、湖水の真向こうの鋸山の下へ近づいていました。
 少年たちは、その岩山の岸に、上陸できるような場所はないかと、注意ぶかく見はっていましたが、みな削ったようなきり(ぎし)ばかりで、どこにもそんな場所は見あたりません。
「だめだなあ。崖ばかりじゃないか。あの山を越してむこう側へ行く道なんて、どこにもありゃしないじゃないか」
 一郎君ががっかりしたように、高くそそり立つ断崖を見上げていいました。
「きっとあのイギリス人は、うそをいったんだぜ。熱病にうかされて夢を見ていたのかも知れないよ」
 保君も残念そうにいうのです。どんな大人だって、この高い崖をよじのぼることは、思いもよりません。ですから、山のむこう側の黄金の国とやらへは、全く行く道がないわけです。
「だって、それじゃあ、この腕環はどうしたんだろう」
 哲雄君は櫂をこぐ手をやすめて、シャツの胸のポケットから、あのイギリス人に(もら)った黄金の腕環を取り出し、つくづく眺めながら、さもいぶかしそうにいいました。
「それはきっとなんでもないのだよ。ほんとうの金かも知れないけれど、金の腕環なんて、どこでだって出来るんだからね。なにも、この島の黄金の国から持って来たとはきまっていないよ」
 一郎君は、だまされたのが、くやしくてたまらないという調子です。
「でも、何だか変だよ。ごらん、この腕環の蛇の形は、野蛮人が彫ったとしか思えないよ。僕たちの手工だって、もっと上手にやれるからね。それでいて、なんだかこの蛇、生きているような変な気がするんだ。やっぱり、ヘンリーはほんとうのことをいったんじゃないかしら」
 哲雄君は、どうも腑におちないというように、小首をかしげています。そして、
「もう少し行ってみようよ。僕たちは湖水の岸をすっかり見たわけじゃないんだからね。そして、湖水をグルッと一周して、元の場所へ帰ればいいんだ」
 と、あきらめきれないようにいうのでした。
 そこで、また少年たちは櫂をこぎはじめ、断崖にそって、筏を進めましたが、しばらく行きますと、保君が、
「ア、大きな水鳥がいる。今までのよりずっと大きいよ。一郎君、あれ撃ってごらん」
 と、さけびました。
「ア、ほんとだ。よし」
 一郎君はすぐさま銃をとって、その水鳥に狙をさだめ、ドンと発砲しました。
「しめた。さあ、ポパイ、あれをとって来るんだ」
 見事に命中したのです。一郎君は出発してから、もう三羽も水鳥を撃ちとっています。これが四番目の最も立派なえものでした。
 ポパイは主人のいいつけを待つまでもなく、もう水中に飛びこんでいました。そして、少年たちの賑やかな声援をうしろに、グイグイと水鳥に向かって泳いで行きます。
 やがて、泳ぎつくと、まだはばたいている水鳥に、サッと飛びかかって、しばらく水煙をあげてもつれあっていましたが、やがてグッタリとなったえものを、口にくわえ、筏の方に向きかえて、得意そうに泳ぎはじめました。
「すてき、すてき、ポパイえらいぞ」
 少年たちは手をうって、はやし立てましたが、その時です。実に何ともいえない奇妙なことが起りました。
「オヤ、どうしたんだろう。ポパイ、ポパイ、早く泳がないか。何をぐずぐずしているんだ」
 保君がさけびました。
 しかし、ポパイは決してぐずぐずしていたわけではありません。一生懸命にこちらへ泳いでいたのです。でも、少しも進めないのです。進めないどころか、グングンあとずさりをして行くように見えます。
 少年たちはこの不思議な出来事を、しばらくはポカンとして眺めているばかりでしたが、やがて、哲雄君がハッと気づいてさけびました。
「アッ、いけない。流されてるんだ。ポパイは流されているんだよ」
 このしずかな湖水に、そんなはげしい(ながれ)があるなんて、想像もしていなかったのですが、泳ぎ上手のポパイがあんなに苦しんでいるのを見ますと、そこには、よほど早い水の流があるのにちがいありません。ひょっとしたら、渦巻(うずまき)かも知れないのです。
 ポパイは見る見るおし流されて行きます。もがけばもがくほど、筏から遠ざかるばかりです。そして、今は苦しさに、くわえていた水鳥を口からはなして、死にもの狂いに水をかきながら、何ともいえぬ悲しい声で吠え立てました。
「ア、早く助けなくっちゃ。ポパイが死んじまうよ。早く、早く」
 保君はあせりにあせって、櫂をこぎました。一方の哲雄君も調子をそろえてこぎました。
 筏は二人のこぐ力よりも早い速度で進んで行きます。筏までも、その水の流に乗っていたのです。
 ポパイとは二十メートルもへだたっていたのですが、そのへだたりがだんだんせばまって行きます。十五メートルになり、十三メートルになり、やがて、十メートルほどに近づきました。
 筏はその時、大きく出ばっている岩角を通りすぎ、今まで見えなかった断崖の前に出たのです。
 それと同時に、三少年の口から、叫声がほとばしりました。
 アア、ごらんなさい。今まで大きな岩角にかくされて、少しも気づかなかった、地獄の入口が、そこにひらいていたではありませんか。断崖の裾に、怪物の口のような真黒な洞穴があって、湖水の水は、はげしい勢でその穴の中へ流れこんでいたではありませんか。
 ポパイは、もがきにもがきながら、穴の方へぐんぐん吸いよせられて行きます。
 そして、穴の入口から二メートルほどのところまで流されたかと思うと、そこに恐しい渦巻が出来ていて、ポパイはクルクルと独楽(こま)のように廻りながら、悲しいなき声を残して、水中に姿を消してしまいました。
 少年たちは愛犬ポパイの最期をあわれんでいるひまはありませんでした。ポパイと同じ運命が、少年たちを待ちかまえていたからです。
「いけない、筏をもどさなくっちゃ。僕たちも吸いこまれてしまう。一郎君、早く、ここへ来て、手伝っておくれ」
 哲雄君は真青な顔になって、力かぎり櫂をおしながら、一郎君の助けをもとめました。
 一郎君が、その櫂にとびついて、哲雄君と力をあわせたのはいうまでもありません。
「保君も、しっかりこぐんだぜ」
 いわれるまでもなく、保君も歯をくいしばって、一生懸命です。
 しかし、こうした三少年の死にもの狂いの力も、はげしい水の流には及びませんでした。筏はグングン黒いトンネルの方へ近づいて行きます。目に見えぬ綱で引きよせられでもするように、見る見る魔の洞穴へ吸いこまれて行きます。
 汽車がトンネルへ入る時のように、その真黒な怪物の口が、恐しい勢で、目の前にぶっつかって来ました。
 ワーッとあがる三人の悲鳴。ガクンと何かにぶつかって、筏はグラグラとゆれ、少年たちは筏の上に尻餅をついてしまいました。
 そして、次の瞬間には、もう洞穴の形は見えませんでした。目の前にはただ一面に、大きな大きな暗闇がひろがっているばかりでした。


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